恵み・支えの双方向性 第3回 会話の内容と感情
柏木哲夫
金城学院 学院長
淀川キリスト教病院 名誉ホスピス長
人と人とのコミュニケーションは普通、言葉のやりとり、すなわち会話で成り立っています。そして会話は「内容」とその裏に隠されている「感情」の両方から成り立っています。通常、内容と内容の会話が多いのですが、コミュニケーションをスムーズにするためには、内容の裏にある感情に目を向けることが大切です。時によると、「感情を直接出す」ほうが良い関係を築くことができ、コミュニケーションを上手くとれる場合もあります。「内容」と「内容」の会話が上手くいかない場合でも、同じような状況で「感情」を出してもらったからこそ良い関係が築けたという例があります。ホスピスでの看護師と私の会話から、このことを見てみたいと思います。
〈内容と内容の対立〉
八十五歳のAさん(女性)が亡くなる前に、看護師が何とか一度でも外泊してもらいたいと思い、外泊の予定を立てました。外泊予定日に三十八度の熱が出て、私は予定していた外泊を中止しました。回診後の受け持ちの看護師と私の会話―「先生、Aさんは外泊すべきだと思います」
「しかし、熱があるからね」
「今日を逃せば、もう外泊できないと思います」
「いや、またチャンスがあると思うよ」
「今の患者のニーズを満たすことがホスピスケアだと思いますが」
「熱があるのに、外泊を許可して何か起こったら、私の責任だからね」
看護師はふてくされたような顔をして私のもとから去り、私も嫌な気分になりました。それからこの看護師との関係を修復するのにかなりの時間を要しました。
〈内容と感情の交差〉
Bさんは八十二歳の男性で、前立腺がんの患者さん。看護師がBさんを外泊させてあげるためにいろいろなアレンジをしました。外泊予定の日に発熱。Aさんのことがあったので躊躇しましたが、熱が高く心配だったので、私は外泊を中止しました。回診終了後、受け持ちの看護師と私の会話―「先生、Bさんが外泊できなかったのが、私、悲しくて」
「せっかく一生懸命いろいろアレンジしてくれたのに、残念だけれど、熱があるのでね」
「もし外泊して何かあったら大変ですものね」
「ただ、患者さんや家族の望みを満たすことがホスピスだからね。もう一度、検討し直そうか」
「いえ、残念だけれども、今回は外泊を見送ったほうが良いと思います。きっとまたチャンスがあると思います」
彼女はサッパリした顔つきになって仕事へ戻りました。私もすっきりした気分になりました。
〈感情の直接表現〉
この二つの場面は、状況がよく似ています。両方とも看護師がアレンジした外泊が、患者さんの発熱のために私の判断で中止になりました。しかし、その後の会話の展開が全く違います。Aさんの場合は、医師も看護師も嫌な気分になり、Bさんの場合は、両方ともすっきりした気分になりました。この違いはどこからくるものなのでしょうか。結論から言えば、「感情を直接表現したかどうか」です。Aさんの場合は、看護師が持った怒りや悲しさなどの感情が、直接表現されず、「意見」として述べられました。医師もその「意見の後ろにある感情」に反応せずに意見を述べました。それで会話は議論の形になりました。「Aさんは外泊すべきだと思います」というのは、意見です。この会話の中に感情や気持ちを表す言葉が一つも入っていません。意見と意見の対立で、感情が話し合われることなく会話が終わっているのです。看護師が「外泊すべきだと思います」と言ったとき、私が「外泊を中止したので腹を立てているのだね」と感情に手当てをしていたら、会話の流れは変わったかもしれません。Bさんの場合は感情が表現されました。一般的には「悲しい」「辛い」「嫌だ」「腹が立つ」などの「陰性感情」を表現すると、「非難」と解釈されるのではとの思いが湧きます。しかし、現実はそうではありません。Bさんの場合は、看護師は「悲しいという感情」を直接表現しました。「私、悲しくて」と。初めから第一声が悲しいという感情の直接表現でした。「意見」ではなく「感情の表現」でした。私自身も彼女の悲しみを感じて、「残念なのだけれど……」というように自分の「感情を表現」しています。感情の表現がコミュニケーションをスムーズに進めるうえで大切な場合があることを知っておく必要があります。