新約聖書よもやま裏話 第20回 「子を産む機械」!?
男子も女子もなく……

伊藤明生
東京基督教大学教授

伊藤明生 どっかの国の某大臣が女性を「子を産む機械」と称し、物議を醸し、非難ゴウゴウとなった。生まれて来るのが少々遅かったようだ。二千年前であったら、だれも気にも留めなかったことだろう。

 新約聖書の世界、ローマ帝国内やエルサレムを中心としたユダヤ人社会では、「女性とは子を産む機械だ」とだれかが発言しても、特別な話題となることさえなかった。「女は子を産むための存在」とは古代世界の常識であった(男は子を産むことができないという確固たる事実がある!)。あえて言えば、「機械」という言葉は当時としては、不可解なものだったと思われるが。

 アテネのような民主主義社会でも、市民として政治や社会にかかわったのは男性のみであった。ユダヤ教という宗教でも、本来男性のみが信仰共同体の正規の構成員とみなされた。

時代の社会通念

 しかし気をつけて考えなければならないのは、女性は「子を産む機械」であるという当時の社会通念と新約聖書で教えられることとは別ものである、ということだ。

 確かに聖書は神のみことばであるが、聖書が天から降ってきたことを意味するわけではない。神は、聖書の時代の人間にわかるように語りかけ、聖書にはそれに応えて生きた人間の姿が描かれている。

 神は人を造られたお方である。そして、全知全能なるお方。私たち人間の想像をはるかに超えるお方である。そのような神が絶対的真理を人間に突きつけても、とてもとても人間には理解できない。だから、神は、人間からは越えがたい隔てを飛び越えて、地上での人間の営みを踏まえたうえで、人間にわかるようにしてお考えを明らかにしてくださるのである。つまり、当時の社会通念を踏まえて当時の人々にもわかるように、神は語りかけてくださったのである。

 というわけで、現代の社会通念に立って、イエスや弟子たちの言動を読むと古くさく感じてしまう面がある。しかし、当時の社会通念を踏まえて読むと、意外な視点、方向性が明らかになることもある。男尊女卑が当たり前の時代のただ中でも、神はすでに平等を指し示しておられることがわかるのだ。

「妻たちは黙って……」

 限られた字数ではあるが、悪名高い聖書の箇所を垣間見たい。

 「教会では、妻たちは黙っていなさい!」とパウロはコリント教会宛ての第一の手紙で書き記している(一四・三四)。一二章から一四章は、コリント教会での御霊の賜物に関する誤解を、パウロが正している文脈である。

 ことさらに異言という賜物のみが重要視されたり、やみくもに異言が語られて礼拝の秩序が乱れたりしていたようだ。パウロは賜物の多様性と一致とを強調し、特定の賜物が他の賜物にまさっているのではない、と強調している。

 さらに、礼拝の中で、異言の賜物を用いるには説き明かしがなされること、また複数の人が同時に語るのではなく、順番に異言を語ることを教えている。神に献げる礼拝は秩序立ったものでなければならない、と。その流れで妻たちは教会で黙っているように、とパウロは書き留めているのだ。もしかすると、パウロは妻たちが異言を無闇に語って礼拝を混乱させることを戒めていたのかもしれない。

「子を産むことによって……」

 「女は子を産むことによって救われる」とパウロはテモテに宛てて書いている(・テモテ二・一五)。前後の文脈では、アダムとエバのことが言及されている。善悪の知識の木から実を取って食べてはならない、と神は命じたが、アダムは蛇にそそのかされて食べてしまった。そしてその背信行為に対して裁きが宣告された。エバには、出産には苦しみが伴うことと、夫を恋い慕うが、その夫に支配されるようになること、アダムには労働に苦しみが伴うことが、言い渡された。

 エバは初産に際して、「主によってひとりの男子を得た!」と喜び、無事の出産を感謝している。「救う」と訳されるギリシャ語には「癒す」「守る」という意味もある。

 「出産によって救われる」とは誤解を招く表現であるが、パウロは出産の無事が守られることを意図したのだろう。

キリスト者の目指すもの

 男尊女卑とは、アダムとエバとが神に逆らって禁断の木の実を食べた結果、宣告された裁きの一部である。しかし、ユダヤ人も異邦人も、奴隷も自由人もなく、男も女もない、とパウロはガラテヤ人への手紙で宣言している(三・二八)。何も男と女との区別がなくなる、というのではない。キリストにあっては、男と女との差別が解消されることが言われている。

 御国に召され、キリストと同じ栄光の体が与えられるときには、男だから、女だからという差別はもはやなくなる! 御国では、女性は「子を産む機械」ではありえない。とすれば、地上でキリスト者が目指す立場も自然と明らかに見えてくる。

著者主宰HP「新約学への招待」http://homepage.mac.com/akioito58112/