時代を見る目 252 暮らしのプロセスで [3] 隣る人
菅原哲男
社会福祉法人
児童養護施設 光の子どもの家 理事長
「隣る人」は、ルカの福音書にある善きサマリヤ人の話から得た私の造語である。
2011年公開のドキュメンタリー映画「隣る人」は7万人以上の人々を動員した。これは、刀川和也監督が児童養護施設「光の子どもの家」を取材し、企画担当の稲塚由美子氏とともに編集して公開し、文化庁記録映画大賞、児童福祉文化賞などを受賞した。1人でも多くの方にこの作品を見てほしい。
虐待がほとんどの理由で、過去十数年「光の子どもの家」に子どもたちはやってくる。
最も安心していいはずの家族から生命、身体の危機にさらされて逃げ込んでくる。だから初めは全くの単数としてやってくるのである。「孤独」という他に言い方がないのが入所当初の表情である。
子どもたちは家族を信頼できないから、隣に人を持たないのだ。そんな子どもたちを歓迎しながら、出会いを喜び続けることが「光の子どもの家」の働きの始めであり、すべてである。
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6月末、青森市を訪ねた。入所している子どもの父親と会うためである。夕方で父親はすでに酔っていた。いきなり「何しに来やがった!」と怒鳴られ、「帰れ!」と連呼された。同席していた女性が執り成したが怒りはさらにつのった。
しかたなく、子どもからの手紙と手土産を渡して辞した。2桁近い時間を労しての訪問であった。次の予定地に向かった電車の中で、父親からの電話があった。戻ってきてほしい、話を聞きたい、と泣いて。多くの親たちは、このようである。ちゃんと会える日が来ることを願いつつ、その父親からの要望には応えなかった。
「光の子どもの家」に帰り着いて子どもに訪問の様子を話した。元気いっぱいだった、と。そんなやり取りを重ねながら大人との関係を薄紙を重ねるように形成していく。
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3か月、6か月で見違えるように子どもの表情が豊かに変貌する。すると、隣り合う家族や私たちとの関係も彩られていくのである。どんな時、状況でも、決して逃げない、見捨てない。それが「隣る人」である。ちなみにアメリカ、カナダには、善意に基づいて窮地にある人を救おうとした人を守る、善きサマリヤ人法がある。