時代を見る目 97 信仰の遺産を豊かに継承する
荒川 雅夫
福音伝道教団 前橋キリスト教会 牧師
ベストセラーとなった『ルーツ』(アレックス・ヘイリー著 安岡章太郎 松田銑 共訳 社会思想社)という本は、自己のルーツ、根源を求めた労作でした。著者は、豊かなアメリカ社会に自分が置かれていても、ルーツは生命線でした。
クリスチャンにとってのルーツはもちろん聖書です。そこに私たちの出自があり、帰って行く故郷があります。そしてその聖書を知るチャンスが与えられたのは教会であり、それは信仰の先輩たちの祈りと労苦によるのです。
現代という社会が、過去をたやすく切り捨てて、自己を絶対化しやすいなかで、ある種のもろさを感じることがあります。このような時代にあって、自分たちの信仰の恵みの源流を正しく理解し、継承する責任が、私たちには与えられているのではないでしょうか。簡単に自分たちの信仰のルーツを否定したり、無視したりせずに、自己を掘り下げる労苦にこそ現代の教会が最も力を入れなくてはならない仕事があると思います。きっとそこには、安定した教会生活や主への奉仕の活力が生まれてくるでしょう。
もしそれを怠るならば、私たちの信仰生活や教会における信仰の安定や確信はたやすく失われてしまいます。自己を絶対化してゆく社会にあって、キリスト者が信仰を継承する姿勢を時代のあかしとする使命があるのではないかと思います。
教会や教団においても、それぞれのルーツが存在します。その霊的な源泉を忘れて、いたずらに自己の確立を急ぐよりも、まずなすべきことは、ひとたび伝えられたその霊的な賜物の豊かさを探求することではないでしょうか。
すでに亡くなられている方々の霊的遺産は、生きていたときに導かれた牧師や信徒たちの証言や、先輩の指導者たちの著作を通して知ることもできるでしょう。私たちのルーツとして、そうした著作や証言にもっと目を向けてみてはどうでしょうか。そこから初めて自分の霊的なあかしが意味を持ってくるにちがいありません。