私の子育てこれでいいの!? 最終回 ママ、またキャンプ行こうね

グレイ岸ひとみ

 小さな子どもたちとの目まぐるしい日々は、「今」を生きる醍醐味やチャレンジを教えてくれます。

 二年前は、朝、お姉ちゃんを幼稚園に送り、急いで洗濯物を干して、下の二人と公園に行き、帰ってから昼寝をする前にランチを用意し、寝かしつけ、その間に近所の幼稚園に迎えに走り、昼寝をしている間に「今がチャンス、一緒に何をしようか」と長女と時間を過ごし……日が暮れてから、「あぁ、市役所に電話できなかった。オムツ買い忘れた!」などと、一日を反省し……。

 「こういう生活も今だけ。あっという間に子どもは大きくなってしまう。頑張ろう!」などと、自分に言い聞かせてきました。後ろを見ず、将来の計画もする余裕のない年月が確かに過ぎていきました。

 そんな中、私たち家族にひとつの「気付き」が与えられたのは、双子が二歳の夏でした。

 アウトドアが好きなパパとママは、三週間の長野の旅を計画しました。友達のキャビンを借り、親友宅を訪ね、親戚宅に泊まり、教会のキャンプに参加し、その間に、山の中のキャンプ場で一泊だけテントで寝ました。私たちにとって待ちに待った家族五人でのキャンプでした。

 「二歳の二人がそれぞれに走って森の中に行ってしまったらどうしよう。まだ早いかも」、などと心配をしながらでしたが、大人の不安をよそに、子どもたちは本当によく歩き、手伝いをし、疲れを見せず、生き生きしていました。驚きました。

 そして、大自然を久しぶりに満喫した私たち夫婦は、なぜか、子どもが生まれる前の夫婦だけの生活を思い出していました。結婚する前から、私たちはよく山でハイキングをしたり、海でカイヤックを楽しみ、友達も一緒にキャンプをし、マウンテンバイクで湖を一周したり、バーべキューでにぎわい……、長女が生まれる前の年は、富士山より標高の高い山にテントをかついで登ったりしました。

 長野でのキャンプをきっかけに、子育ての忙しさに埋もれ、忘れかけていた夫婦としてのアイデンティティーがよみがえったのでした。「私たちらしさ」に触れ、心から楽しむことができました。さらに、三人の子どもたちも加わり、家族のアイデンティティーが築かれようとしていることを発見したのでした。

 あわただしい毎日の生活は変わりませんでしたが、私たち家族を結びつけるもの、家族としてのあり方を支える一つの礎石として、アウトドアがあることを体験できた夏でした。

 我が家の子どもたちも、あの夏に比べれば大きく成長しました。そして、私たち家族の土台となる礎石の数も増え、基礎工事がゆっくり進んでいます。

 キャンプはあれから何度もしました。夏休みの過ごし方やクリスマス、お正月、誕生日の祝い方、最近は山の中の温泉を発見し、家族としての楽しみ方を模索中です。お気に入りのレストランやみんなで美味しく食べれる料理がはっきりするなど、子どもの成長に合わせて、家族としての個性も発達しているのかしら……。

 大きくなって成人した子どもたちが、「帰ってきてよかった」と思える「家庭の伝統」を築いてあげたい、と考えたりします。「おっぱい、オムツ、まんま、寝んね」の世界から、もう少し我が家の幅も広がったみたいです。

 「我が家らしい」礎石の一つに、自慢のテーブルがあります。双子が一歳を迎えた月に手に入れた、大きな木のテーブルです。大人が八人は座れるくらい立派です。このテーブルで毎日食事をし、お客さんをもてなし、子どもたちが絵を描き、宿題をし、祈り、人と会話し、笑い、泣き、夢を語り……家族が集まり、人が集まるテーブルとなったらいいという願いがこもっています。テーブルクロスをかけず、歴史を刻む傷やシミも大歓迎です。

 しかし、この「家宝」ともなり得るテーブルの扱いに異変が生じつつあるのです。もう少し小さめの家に移る話もする昨今、「そうなったら、テーブルは使えないな。半分に切ろうか? 笑」と夫が軽率な発言を……。「大事なのは、家族が一緒に食すること。人と交流を深めること。テーブルではないよ」。「えっ?!」。大反対の私です。

 先日、子どもが椅子に落書きをしていました。「やめなさいっ!」(一番いたずらな時期を生き延びてこれたのに、どうして今になって)。ボールペンは落ちません……そうしたら、落書き事件から数日後、なんと、同じ子がパンツを脱いだままで、テーブルに座っていたのです!「きゃぁー」。

 さすがに、そのときは、和風にこたつにしようかな、なんてことも頭をかすめました。だけど、やはり「我が家らしい」たくさんの思い出と、「今」の生活と、将来の多くの人との交わりを、このテーブルに刻み込んでいきたいと思うのです。