聖書は「性」をどう語るのか もし未婚の教会員が妊娠したら?
石原 良人
国際クリスチャンバプテスト教会牧師
十年ほど前、教会員のC子さん(十九歳)は、教会に通い出して間もないD君(二十歳)の子を妊娠してしまいました。二人からおそるおそるその事実を告白された私は、絶句して二十五分もの間沈黙したまま考え込んでしまいました。(二人を除名すべきか。それとも事実を覆い隠したままやりすごすべきか。いっそのこと中絶させて、何もなかったことにしてしまおうか)
もし神の義を貫くために除名すれば、二人は反発して悔い改める機会を失うでしょう。逆に、神の愛の名のもとに事実を覆い隠せば不品行を黙認したことになり、不品行の霊は教会員の間にも公然と働き出して聖霊の働きを妨げ、皆が主に従っていく力を失うでしょう。ましてや教会が中絶させるなら「殺してはならない」と厳命なさった主に反逆したことになってしまいます。
十字架は神の義と神の愛の接点です。教会はそのどちらをも貫き、つねに透明性を保っていなければなりません。それで私は、祈りの中で導かれた次の二点を二人に示しました。
「まず不品行の罪を悔い改めて教会員の前で告白して、皆をつまずかせたことを詫びてほしい。そして人間の弱さをよくご存じの神様は、イエス様の十字架によるあがないのゆえに、あなたがたをすでにゆるしておられ、再起のチャンスを与えて用いて下さるお方です。その神様の豊かなあわれみを、二人で生涯を通して証していきなさい」という具合に導きました。
ゆるしの中に働く神の愛のいのちが、罪を認める勇気や悔い改めて再起するエネルギーとなりました。教会員たちは二人の告白を涙ながらに聞きました。
「わたしもあなたを罪に定めない。行きなさい。今からは決して罪を犯してはなりません。」(ヨハネ八・一一)ある人はこのみことばを用いて、「私にはこの二人を裁くことができません」と言いました。ある人は「二人と今までどおり付き合っていきたいし、再起できるように祈りたい」と言いました。そして男性たちはD君を、女性たちはC子さんを抱いて涙ながらに祈り、「これが本当の教会だ」、「この教会に属していることを幸せに思う」と口々に言いました。
私は二人を親元で結婚させ、C子さんは無事出産しました。