聖書注解を活用しよう 『新実用聖書注解』ってどんな本?

いのちのことば社出版部編

 十三年前に出版された『実用聖書注解』が、リニューアルされました。このたび『新実用聖書注解』となって、どのような点がおすすめのポイントかを担当編集者に聞いてみました。

三つのポイント

  1. 最新の聖書に対応
    まず、最新の新改訳聖書第三版に対応していることですね。そのことにより、差別的表現が見直されています。
  2. 一巻で、携帯に便利
    次に、聖書全体が一巻に収められているうえに、サイズがより小さくなったので、教会の集会や聖書研究会にも持っていくことができる点です。今まで、注解は家で調べるというイメージでしたが、外に持ち歩けるサイズになったことで、どこでも調べられるようになったわけです。今、はやりの携帯電話ならぬ、携帯注解というところですか。
  3. 安い!
    最後に、携帯サイズにしたにもかかわらず、分量は今までとまったく同じなんです。それで、今までの半額以下の価格なのですから、非常にお買い得かと思います。

全体構成

 それでは次に、内容を見ていきたいと思います。

 全体の構成は、次のようになっています。

総 論
啓示と聖書(宇田進)
聖書の正典と外典(榊原康夫)
旧約聖書(富井悠夫)
新約聖書(山口昇)
聖書の本文と解釈(鍋谷堯爾)
聖書地理(西満)
注 解
緒論
アウトライン
注解
聖書の歴史年表

注解例

 注解の具体的例として、詩篇23篇を見てみましょう。

[概説]

 この詩篇は、牧者としてその民を導き守って下さる主に対する感謝と信頼に満ちた詩である。

 背景を理解する具体的な出来事として、Ⅱサム17・27・29を挙げることが出来よう。それはダビデの生涯におけるアブシャロムの謀反という悲惨な事件の中での喜びの体験であった。主は牧者であるという信仰者の確信は「良い羊飼い」としてのイエス・キリストにおいて実現する。

[注解]

 1節。〈主は私の羊飼い〉という神とイスラエルの関係の告白はイスラエルの歴史の古くから見られた。神は羊飼いとしてその民イスラエルを優しく守り、力強く導かれる……。なお「羊飼い」という表現で支配者や王も意味された……。(後略)

聖書難問Q&A

最後に、聖書における難問をどのように解釈しているかを見てみたいと思います。

Q1 エデンの園にはアダムとエバ、そしてカインとアベルの四人しかいないはずなのに、アベルがカインに殺されたあとで、カインが妻をめとっていますが、その妻はいったいどこからきたのでしょうか?
A1 カインの妻は堕落後アダムに生れた娘の一人、すなわちカインの妹だったかもしれない。もし園を追放されたのがアダム夫妻だけでなくアダム一族だったとすれば、同じアダムの血筋の者ではあっても、直接の妹だったとする必要はない。(創世4・17・24の注解より、松本任弘)

Q2
 ノアの箱舟には、ノアの家族とすべての生き物が乗ったということですが、小さすぎるのではありませんか?
A2 ここで言われる種類は、1章の「種類」を受けての言葉づかいのようだが、具体的にどのような分類になるのかは不明。現代の分類学の種よりは大まかな分類だと考えられる。(創世6・9・7・5の注解より、松本任弘)

Q3
 詩篇の中に出て来る「セラ」(詩篇3・2ほか)とか「ヒガヨン」(詩篇9・16ほか)という言葉は、どういう意味ですか?
A3 「セラ」 三十九詩篇中に七十一回出て来る。意味は不確かで「間奏曲」「永遠に」「調子を上げる」「指示符合」「礼拝者との応答」等の解釈がある。
 「ヒガヨン」 9・16、19・14、92・3(たえなる調べ)。「音を出す」という意味からグリッサンドの指示か。(詩篇中の用語より、富井悠夫)

Q4
 イエスがエリコの付近で盲人をいやしたことが書かれていますが、マタイとマルコでは町を出て行く時のこととし(マタイ20・29・34、マルコ10・46・52)、ルカは近づいて行った時のこととしています(ルカ18・35・43)。矛盾していませんか?
A4 ヨセフス(『ユダヤ戦記』4:459)に基づき、当時丘の上に残っていた古いエリコを出て、ヘロデ時代の新しいエリコの町に入って行く途中のことだとする説明もあるが、古いエリコにどの程度人が住んでいたか定かでない。エリコの町の入口でイエスに会った時は大勢の群衆に妨げられてしまった盲人が、イエスが町から去って行く最後の機会をうまく利用したと考えるほうがよい。(マタイ20・29・34の注解より、内田和彦)

『新実用聖書注解』は、一流の学者たちが何十年もの研究の成果を、わずか一巻の中に凝縮した宝石のような注解書と言えるでしょう。