自殺は止められる 第2回 あなたが死んだら私は悲しい

碓井真史
心理学博士

「死にたい」と言われたとき、「もう消えてしまいたい」などと相談されたとき、あなたはどうするでしょうか。「死にたいと言う人に限って死んだためしはない」と軽く考えて、まともに相手をしないでしょうか。しかし、自殺予防の観点から考えれば、「死にたい」「消えたい」と語る人は十分に自殺を実行する可能性があると考えて対処すべきです。

多くのクリスチャンは、「死にたい」と言われたら軽く考えるどころか、大変なショックを受けるでしょう。そしてどうするでしょうか。「そんなことを言ってはいけません」と叱ってその場を去るか、もっと真面目な方なら、自殺を止めようと必死に話を始めるでしょう。「死んで花実が咲くものか」「死ぬ気になれば何でもできる」とお説教するかもしれません。「いつも喜んでいなさい」「あなたは高価で尊い」と、良い聖句を思い出そうとするかもしれません。

あなたの言っていることは正しいことです。しかし残念ながら、それは、ほとんど役に立ちません。自殺を考えている人は、正しい言葉を本気で受け取ることができないほどに、極端に心が弱っているからです。

友人や家族から死にたいと言われたり、その人がインターネットの自殺サイトなどを見ていたりしたら、善良なクリスチャンであるあなたは強い不安を感じます。そして人は不安になると、逃げ出したくなるか、正論を吐きたくなります。不安になれば多弁になり、一生懸命に正論を述べているうちに、自分の心が少しずつ落ち着いてきます。そのようにして自分の不安がおさまれば、「わかったわね、死ぬなんて考えちゃだめよ」と言って帰っていくのです。しかしそんな態度をとっても、相手は「ああ、この人も私の苦しみをわかってくれない」と孤独感を強めるだけです。

自殺は止められる 第3回 ポッキリ折れる中高年男性

「クリスチャンは答えは知っているが問題を知らない」などと言う人もいます。あなたの言葉は確かに正解なのですが、相手がどんな問題を抱えているのかわからないままに正解を押しつけるのは、病気で苦しんでいる人の状態を無視して、ステーキやトンカツを押しつけているようなものです。どんなに栄養のある御馳走でも、食べられないときはあるのです。

死にたいと語る人にとって必要なことは、その人の話に耳を傾けて聞くことです。私たちは普通、死にたい理由など聞きたくありません。神の愛を無視し、自分の存在意義を否定するような話など聞きたくありません。だから、相手を黙らせて、自分が話そうとするのです。しかし、「私の話を聞け」ではなく「あなたの話が聞きたい」という態度こそが、心が弱り切っている相手の助けになります。「どうしたの?」「何があったの?」と聞いてみましょう。

こちらにとっても辛いことなのですが、相手の悩み苦しみにしっかりと付き合いましょう。「泣く者と共に泣く」姿勢が求められています。相手がクリスチャンでも、ノンクリスチャンでも、あなたは相手を裁いてはいけません。自分の価値観を押しつけてはいけません。相手を断罪し、思いを否定するだけでは、助けにならないのです。あなたが話し始めれば、相手は黙ります。悩みや悲しみの感情を自分の心の中に閉じ込めます。そうなってしまえば、ますます孤独感が深まるばかりです。悩み悲しみは、誰かに話し問題を共有し、共感してもらう中で、解決へと向かっていくのです。

死にたいと語る人に向かって、あなたの価値観や信仰を振り回してはいけないとしたら、それは自分の考えを持つなということでしょうか。そうではありません。むしろ、自分の考えをしっかり持っていない人ほど、反対意見に出会うと、冷静さを失って自分の意見を強弁したくなるのです。

あなた自身がまず、神の愛、人の価値、命の大切さをしっかりと確信し、どんな人から何を言われても揺るがない強い信仰を持つことが必要です。その信仰が土台となれば、相手の話を落ち着いて聞けます。「オレの話を聞け!」「私の気持をわかって!」ではなく、「あなたの気持がわかりたい」という愛のある態度がとれるのです。

人は、話を聞いてもらうこと、受け入れてもらうことで、自分が大切にされている感覚がよみがえってきます。心が極端に弱っている人には、とっておきの感動的な話も、本で読んだ素晴らしい理論も、無力に感じられることもあるでしょう。ただ、静かに話を聞きながら、「あなたが死んだら私は悲しい」というあなたの素朴な思いを伝えることが必要です。

自殺という行為を認めるわけではありません。自殺を考えるほどの深い孤独と絶望感に共感し、その状態のままの相手を認め、愛するのです。話を聞くという態度が、相手を受け入れていることの証拠になります。聖書の深い知識も、見事な祈りの言葉も、本当の愛なしでは無意味なのです(コリント人への手紙第一 一三章)。

死を考えている人と共に泣き愛を伝えることは、大変な役割です。あなた自身の心の健康さが必要です。また一人では背負いきれません。協働者を探しましょう。そしてやがて、自殺志願者が病的ともいえる最悪の状態を乗り越えた後には、いつも喜び感謝していこうと思える日も来るのです。

 

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