草ごよみ 1 ナガミヒナゲシ

ナガミヒナゲシ
上條滝子
イラストレーター

 ナガミヒナゲシの噂を初めて耳にしたのは、もうかれこれ二十年ほども前のこと。東京湾に面した昔木場と言われたあたりに木材埠頭があり、それに続く広大な埋め立て地に海を渡って来た様々な雑草の茂る草原が広がっていたそうだ。そこで初夏の頃、ナガミヒナゲシが明るいオレンジ色の薄紙細具のような四枚の花弁を開いて、そよ風に揺れていたということだった。その時、若い頃に観たアッシジのフランチェスコの伝記映画「ブラザーサン・シスタームーン」の中で、真っ赤なヒナゲシが野原一面に咲いているシーンを思い浮かべたのだけれど、その後、すっかり忘れてしまっていた。

 ナガミヒナゲシを私が最初に見かけたのは十年くらい前、都内の幹線道路の脇だった。「あっ、これ!」と気づいて花のオレンジ色を目で追うと、ポツンポツンと遥か遠くまで続いている。この外来種の雑草が、東京湾の埋め立て地を出発して、どれくらいの時間でどこまで広がっているのだろう。それが年を追うごとに増え広がっていて、今では東京にすっかり定住したようだ。

 オレンジ色の大きな花が美しく、散歩の途中で二、三本摘んだ花を手にしたおばあさんを見かけたけれど、家に帰って花瓶に挿したとたん、きっとパラリと花弁が落ちてしまっただろう。残念なことに一日花。しかも開ききって数時間であっさりと花弁を落としてしまう。

 花を見るのはやはり春の盛りから初夏の頃、今の季節は日溜まりの土の上で浅緑のロゼット状の根葉を広げているだろう。