草ごよみ 9 ノカンゾウ
上條滝子
イラストレーター
以前はよく夏の朝はかなり早起きをして自転車をこぎ、玉川上水脇の細道を上流へ下流へと気の向くままに遠出をしたものだ。
植物観察が目的なのだけれど、玉川上水の両側の木々はうっそうと茂り、夏草はぼうぼうと丈高く、鉄柵の間からはみ出して小道を塞ぐばかりにやたらと繁っている。そこを自転車を走らせて通る限りではほとんど厄介な雑草の草むらとしか見えないのだけれど、ノカンゾウの明るい橙色の大きな花はどんなに遠くからでもくっきりと夏草の海の中から浮かび上がって見え、一本の茎から次々に咲いて、夏の初めから秋口まで長く目を楽しませてくれる。
一時間ほど走って、今日はここまでとほどよい所で切り上げ、帰りはゆっくり時間をかけて時には自転車を引きながら戻って来る。
ノカンゾウばかりでなく、往きに何か咲いているみたいと目の端に見たものを確かめつつじっくり観察しながら帰るこの時間が何より愉しい。
鉄柵の向こうは草ぼうぼう、おばあさんそんな所で何見ているのと言わんばかりに、「邪魔!」と自転車で朝を急ぐ人に叱咤されたことも度々あるけれど、一見しょうもない夏草の茂みと見える中にいくらでも宝が隠れている。
ノアザミ、チダケサシ、キツネノカミソリ、ツリガネニンジン、アカネ、オカノトラノオ……。私はこの草むらからどれほどたくさんの草の名を教えてもらったことか。