CD Review ◆ CD評 『CLEAR TO VENUS』

CD CLEAR TO VENUS
石井 理佳
ライフ・ミュージック

独特な個性と表現が共感を誘う不思議な秀作

 「これからペニー(一セント=アメリカの通貨で最小単位)の歌を歌います。この歌を作った動機は、まあ、なんというかペニーってコインの家族の中で一番虐げられている弱者じゃないですか」とピーターソンは何食わぬ顔で説明を続けた。とあるコンサートでの一幕である。彼が舞台に出るまで何人ものクリスチャン・ミュージシャンが演奏をしていたが、彼が登場し、話し出したとたん、雰囲気が一転してしまった。

 歌の合間に語るその一言一言が、独特な詩のようで、まるで別世界の話を聞いているようだったが、なぜか共感してしまう。聴衆は、気がつくと演奏中も音楽やリズムに聴き入るより、詞の内容に反応して爆笑したり、賛同の拍手を送ったりするのだった。不思議だ。「ことば」に潜む力を引き出し、それを最大限に引き出しているかのようだった。

 さて今回のアルバムである。今も昔も変わらぬ人間が抱えるさびしさや弱さやずるさが、はるか昔に書かれた聖書の出来事に巧みに織り込まれた物語を読むようであった。聖書の世界と現代との距離が一気に狭まり、あたかも目の前で繰り広げられているような表現力がある。それは彼が牧師の家庭に生まれ、幼い頃より再三聖書を教えられ、自身のなかでビジュアル化されてきたイメージが土台となっているからかもしれない。それを元に私たちが抱く普遍的な疑問や問題を音にのせているような印象を受ける。

 本アルバム「clear to venus」(金星まで遠く)は彼独自の含蓄に富んだタイトルだ。というのも彼はできるだけ曲は現実的な視点で書くことを基本にしているからだ。かっこが悪くても、悩んだり失敗したりする自分を、正直に表現したいという思いがあるのである。「よくみんなが思い違いをするのは、他の人が本当の自分をみたらみんな去っていってしまうんじゃないかと思っているということ。本当はみんな大体似たような……内面は間抜けなところがあったりする。その事実が認められたらお互いの間にある壁が打ち破られると思う。」そんな気負いのない彼らしさが、ほのぼの伝わる魅力の一枚だ。