NEWS VIEWS FACES 井澤豊 メモリアルコンサート
in 大和カルバリーチャペル
礒川道夫
ライフ・ミュージック チーフプロデューサー
2005年9月3日(土)大和カルバリーチャペルにて故井澤 豊のメモリアルコンサートが行われた。
井澤 豊は高校2年生の秋、お母さんを亡くし、不安と悲しみから、新宿、渋谷の盛り場へ足を踏み入れてしまう。
ある時、新宿の街を歩いていると、外国人の女性がチラシを配っていた。それは当時「シオン」という喫茶店で伝道会が行われていた案内だった。
イエス・キリストの愛を知った井澤 豊は、音楽の賜物を活かし、そのころキリスト教界のドラム、エレキギターを使ったバンドとしてパイオニア的存在だった「メッセンジャーズ」に加わる。その後、1973年奥様になった井澤美智子と「NEW LIFE」を結成、ブルーのジャケットの1stアルバムのカセット(当時はCDはなかった)は、飛ぶように売れた。
山之内修一の「友よ歌おう」から始まったギターを使ったクリスチャンミュージックは、まだまだ開拓期で、セキュラーの音楽からすれば、幼稚だった。クリスチャンが集まる場所では歌えても、一般の音楽に慣れた人々にとってはどことなく恥ずかしい音楽だった。
その点、井澤夫妻の作り出すメロディや歌詞は日本人の感性を十分捉えた楽曲で、言葉の美しさとセキュラーな音楽、アレンジに耳を傾けていた井澤の音楽が、とにかく新鮮で、多くの若者の心を捕らえた。
その証拠に、彼の音楽、スピリチュアルな影響を受けたメンバーたちが、今回のメモリアルコンサートに駆けつけてくれた。久保田早紀として活躍した「久米小百合」東京シティプレイズで活躍中の「スリヤ佐野」、CDざわめきシリーズの「滝本開・典子夫妻」、また「ジョシュア佐佐木」、「粟野めぐみ、Piano KOJI夫妻」、一緒に活動していた「伊藤真嗣」たち。そして、副牧師として仕えていた「大和カルバリーチャペル」のクワイアのメンバー。
コンサートは、「NEW LIFE」の曲、井澤 豊が作った曲一色だった。それぞれが彼から受けた音楽面、暖かい思い出について証をして歌った。
そして娘「RUKA」と「井澤美智子」が登場。一時は、『NEW LIFE』の歌はもう歌わない、すべてを捨ててしまおうと思ったそうである。とんでもない。神様はRUKA&MICHIKOの新しい『NEW LIFE』に期待していらっしゃることでしょう。
コンサートとしての演出も一流だったメモリアルコンサート。音響のMAGの「鈴木幹夫」も制作のゴスペル東京リンキングの「伊藤治哉」も『NEW LIFE』の影響を受けた人たちだ。
2004年5月18日に天に召された「井澤 豊」。あまりにも早く天に帰られた「井澤 豊」。
天国に行ったら、一番先に主イエスにその理由を尋ねてみたいと思う。