しあわせな看取り―果樹園の丘の訪問看護ステーションから 第12回 虹の家

岸本みくに

やす子さん(仮名)は八十八歳のおばあさん。大の医者嫌い。食欲が減り、衰弱し、歩行もおぼつかなくなり、ご家族のワゴン車に布団を敷いて、まるで屋根を剥がしてイエス様のところに運ばれた中風の人のように皆に担がれて、やす子さんはレストハウスに入居されました。
ご家族の皆さんはお看取りの覚悟です。いざというときのために、近所の診療所に訪問診療、そして私たちのところに訪問看護を申し込まれました。
ところが医者嫌いのやす子さんは血圧も測らせてくださいません。最初は着替えや、義歯の手入れもさせていただけませんでした。ご家族からは決して無理をしないでほしいと言われていましたので、部屋にこもっての日常生活を見守ることになりました。食事以外は布団に寝てばかりでしたが、次第に命を吹き返し、少しずつ歩けるようになりました。職員との会話も増え、介護も受け入れてくださるようになりました。
食事を皆と一緒の食卓で頂くようになったある日、やす子さんが前に座っているもう一人の入居者の顔を見て驚くように言いました。「あたしのほかにもう一人おばあさんがいた!」 引きこもっていたやす子さんが、他者に眼を向けるようになった瞬間でした。
毎日一緒に同じ食卓で食事をしているのに、今までは視野に入っていなかったのです。それ以来やす子さんは、もう一人のおばあさんのことを気遣い、何かとお世話をするようになり、レストハウスでの日常の仕事もお手伝いするようになりました。

食事のための野菜の下処理、古着をつぶしてのウエス作り、食後のお皿拭き、朝夕のカーテンの開閉など。エプロンと三角巾で身支度して生き生きとこれらの仕事をこなす姿に、入居当時の弱々しい様子はもうどこにも見られません。レストハウスを見学に来られたお客様が職員と間違えそうな働きぶりです。
レストハウスは自宅に代わる看取りの場所として建てられた建物です。どんどん元気になっていかれるやす子さんのために、有料老人ホームを造ることになりました。これが虹の家です。五つの居室とデイサービスがある建物が建設され、二〇一四年にオープンしました。

虹の家という名前は、余市の豊丘には頻繁に大きな虹がかかることから名付けられました。虹の家も、同じ建物で始まった小規模のデイサービスも「生涯現役、生涯元気」をモットーに、いくつになっても、障がいがあっても何か隣人のためにできることをして、助け合って暮らす場所です。
虹の家建設にあたっては、さまざまな話し合いが持たれましたが、この家のお風呂には、ちょっとしたエピソードがあります。将来的には他のデイサービスでは受け入れにくいような医療依存度の高い方も受け入れ、ショートステイもできればと考え、どのようなお風呂がいいのか検討しました。そんなとき、関東の有名な特別養護老人ホームが機械浴を廃止して、個浴に切り替えたという記事を見つけました。機械浴をやめて、寝たきりの方の入浴は一体どうするのだろうと、詳しく調べましたら、どの人も起こして浴槽に入れるとのことで、そのための技術を職員にトレーニングしたことが分かりました。さっそくその講習をしているところに、札幌近辺で同じようなことをしておられる施設を教えてほしいと問い合わせましたら、南富良野の老人ホームと看護師のIさんを紹介されました。
そこは、寝たきりゼロを目指す老人ホームでした。入浴の様子は驚きでした。普通なら機械浴にするような重症の麻痺のある方でも、一人の職員で軽々と介助してお湯に入れていました。老人ホームでは馴染みの、裸にされてタオルにくるまれて、ストレッチャーや車椅子で入浴の順番を廊下で待つ風景はどこにもありません。一対一でゆっくり時間をかけて入れているのです。さらに驚いたのは、おむつをしないことです。毎回車椅子でトイレに行って排泄するのです。個室に座って排泄ができる当たり前のことが、ここでの日常なのです。
Iさんはこのために長い歳月をかけて人々の意識を変え、トレーニングし、ケアの在り方を改革してこられました。彼女の「余市に行って教えますよ」の一言で余市での講習会が実現しました。Iさんと看護や介護について語り合うと時間を忘れ、熱い思いにさせられます。雑誌の記事に始まったこの不思議な出会いに、虹の家にある神様のご計画を感じさせられます。虹の家はもちろん「個浴」です。