書評 マイナスのリアルをプラスのリアルに変える歌

シンガーソングライター 岩渕まこと

『ゴスペルのチカラ』
塩谷達也 著
四六判 1,600 円+税
フォレストブックス

「今さら聞けない○○の話」というタイトルの本をときどき見かけます。クリスチャンであっても「ゴスペルってどんな歌ですか」と尋ねられて、まともに答えられる人は少ないのではないでしょうか。この『ゴスペルのチカラ』はゴスペルミュージックの歴史、現在、そして将来性を、その道を歩いてきた者にしか紡げないことばで綴っています。
第一章「ゴスペルを知りたい」ではその時代を代表するシンガーたちを紹介しながら歴史をひもといています。ぼくは今、三四頁に紹介されているDixie Hummingbirdsの歌をYouTubeで聴きながら書いています。この本はそこに紹介されている曲を実際に聴きながら読み進めることをお勧めします。第二章「ゴスペルを感じたい」では著者のゴスペルに至る楽曲との出会いと、クワイヤーにかかわっている方々との対談が紹介されています。冒頭に「ゴスペルに出会ってしまった僕らが」とありますが、その魅力に引かれ続けてきた彼らの証言。ここにも「チカラ」を感じることができます。第三章はズバリ「ゴスペルのチカラ」と題して「世界で一番頑張り屋の日本人たちへ」ということばで始められます。この章ではゴスペルの歌詞を通して、著者がクワイヤーのメンバーへ、そして聴衆へ、さらに日本人へ届けたいメッセージが綴られています。「ゴスペルは知識ではなく体験」という彼のことばには、ゴスペルが心を合わせて歌われるとき、そこにいのちがあり、人々にいのちをもたらすものであるとの確信が溢れています。
ゴスペルの始まりがアフリカ系アメリカ人の苦役の中での解放の歌であったように、ゴスペルは現代においても解放の歌となり得ています。労働格差や賃金格差。人が物のように扱われる存在の希薄さと空虚感。ゴスペルはそんなマイナスのリアルをプラスのリアルに変える歌だということ。そしてそれを体験してきた著者だからこその「ゴスペルのチカラ」です。ゴスペルがどうして今もチカラを持っているのか。その一端を知ることは私たちの信仰がリアルに生活に反映される「チカラ」にもなってくれそうです。