特集 ラケットを持った伝道者 人生最大の勝利への秘訣

リオオリンピックで銅メダルを獲得したプロテニスプレーヤー、錦織圭選手のコーチを務めるマイケル・チャン氏。彼の選手生活を振り返った自伝が日本で発売される。その知られざる半生とは。

『マイケル・チャン  勝利の秘訣』
マイケル・チャン 著、マイク・ヨーキー 編、山形優子フットマン 訳、持田明広 監修
四六判 328頁 定価1,800円+税
ティーンチャレンジ・ジャパン 牧師 木崎智之
この本は史上最年少でテニスのグランドスラム(世界四大大会)を制したマイケル・チャン氏の半生を綴った自伝である。彼は米国人であるが、アジア系としては最高となる世界ランキング二位に到達した選手でもある。
スポーツの共通点ともいえるが、テニスも手足が長くて上背があればサービスのとき打点が高くなり角度もつくので有利になる。私は英国留学時代にフェンシングを習っていたが、手足の長い選手は当然リーチが長いのでそれだけで有利になったのを覚えている。
アジア人の中でも小柄なマイケルが、体格のハンディを克服して白人が大多数を占めるテニストーナメントで優勝するのは、想像する以上に困難な偉業である。

本書は彼が十七歳で全仏オープンに優勝したシーンの回想から始まる。一回戦から決勝戦に至るまでの難敵との息詰まる戦いの、マイケル自身による実況中継はテニスファンにとってはたまらない醍醐味だろう。(ちなみに彼の趣味である釣りについても後半に紙面が割かれているので、釣り好きにとっても楽しい読み物になるでしょう!)
二?四章では、六歳からテニスを始めて十五歳でプロに転向するまでの生い立ちがユーモアを散りばめられながら語られている。
テニスにハマった父親の真似をしているうちに本気で熱中しだした兄カールと弟マイケル。二人のために練習環境の整ったカリフォルニアへ引っ越したり、化学者である父が練習方法や対戦相手を研究してコーチングするところなどは、イチローのお父さんが彼を毎晩バッティングセンターに連れていったり、ベースランニングのコーチをしたりした二人三脚のエピソードを彷彿とさせる。
母親はすべての遠征に同行して食事を作るだけでなくマイケルの精神的支柱となり、テニスの奨学金で大学まで行った兄のカールはマイケルのコーチになる。家族が一丸となって末っ子のマイケルをテニスチャンピオンにするために、あらゆる犠牲を払って献身的に努力をする姿に真の家族愛を感じた。マイケルもそのことを痛感しているのだろう。本を通して家族への愛と感謝の気持ちがあふれていた。

五章でついにマイケルが信仰を持つようになった経緯が明らかにされる。フランスは基本的にカトリックで、プロテスタントの福音的なキリスト教には否定的なので、全仏オープン優勝後のインタビューで「この勝利はイエス・キリストのおかげです」と言ったことでマスコミの反感を買ってしまう。
またグランドスラムのタイトルというテニスプレーヤー最高の栄誉を獲得した直後に、骨折やスランプを経験して信仰の試練にも会う。しかし、「負けたときも神のおかげなのか」と野次られても屈しない。また「結婚するまでノーセックス」を貫く。これはマイケルが同じくプロのテニス選手であるアンバー・リューと結婚する前に書かれたわけだが、聖書に基づいた結婚観を語っていて、正にそのとおりになっているところを見せてもらえて感動した。

二〇一六年の岡山市民クリスマスにゲストとして来日したときは、妻と三人の子どもと義理のお母さんの六人で数か月にわたる世界一周旅行の途中だったので、凄まじい量の荷物だった。しかも男はマイケル一人なので、スーツケースをカート三台に乗せて全部自分で運んでいた。そのうえ、チャイルドシートを三個も持参してきたのだ! 宣教師仲間が世界中を旅するのを何年も見ているが、そんな人を見た記憶がない。自分の子どもの安全を守るために自分がやれることは全部やる、という強固な意志を感じた。
それは試合に勝つためならどんなにハードな筋トレでもダイエットでもできることは何でもする、というアスリートの決意と同じものだろう。同時に、自分は夫して父親としてやるべきことをやっているだけです、という謙虚さがあり、一人でこんな大荷物を運ぶのは大変だ、というような雰囲気すら見せなかった。

自分の自慢話はしないし、控え室でも寡黙そのもの。ジョークはおろか会話すらほとんどしないので、私は何か彼の気に入らないことをしてしまったのではないかと心配になったほどだった。私は海外の牧師の通訳をすることも多いのだが、著名な説教者はやはり話すのが好きで、実際に上手い。控え室でもディナーでも会話を盛り上げてくれる。
しかし、マイケルはプロフェッショナル・スピーカーではない。プロフェッショナル・プレーヤーである。プレーヤーの中にはロッカールームで冗談を連発することで自分をリラックスさせる選手もいるが、黙って集中力を高める選手もいて、自分は後者だと言っていた。
そして今の彼は錦織圭のプロフェッショナル・コーチである。どのようなトレーニングをしたらKEIがグランドスラムのタイトルを取ることができるのか、文字どおり起きている間中ずっと考えているのではないかと思われるほどの集中力だった。(そしてテニスと圭選手の話題になったときだけは通訳が間に合わないほど饒舌だった!)
本書の最後は、伝道メッセージとイエス・キリストを信じる祈りで締めくくられている。なぜなら、言うまでもなく、これこそが人生最大の勝利への秘訣だからである。