書評Books 歴史の文脈と旧約から流れる物語の中にパウロを置いてみる
関西聖書神学校 校長 鎌野直人
『使徒パウロは何を語ったのか』
N・T・ライト 著
岩上敬人 訳
B6判 2,400 円+税
いのちのことば社
宗教改革五百周年を迎える二〇一七年は、「信仰義認」の意義を私たちに思い起こさせます。この土台に立って、キリスト者の歩みが進められるからです。一方で、日本伝道会議や日本福音主義神学会、さらに各教派や地域の集まりでも、「パウロ研究の新しい視点」(略称NPP)が従来の信仰義認理解に再検討を促している点が議論されてきました。
NPPの立場からの書物は、日本語で読めるものがこれまでほとんどありませんでしたが、英国国教会ダラム主教を歴任した、セント・アンドリュース大学教授N・T・ライト氏(新約学者だからこの名前という訳ではありません)の著した信徒向けの本書が、岩上敬人氏によって翻訳、出版されました。新約聖書学の研究も日進月歩である一方で、そこで議論されてきたことが信徒のレベルの読み物となったことは歓迎すべきことです。
本書には、パウロの回心、福音、神の義、義認、新創造というパウロ神学の基本的な要素についてのライトの見解が記されています。ただし、ライトの結論以上に、その結論を導くプロセスは、多くの読者が慣れ親しんできたものと二つの点で異なっています。まず、紀元一世紀のユダヤ教に関する近年の研究を踏まえたうえで、その文脈にパウロを置こうとしている点。そして、旧約聖書から流れる大きな物語(「ストーリー」と読み仮名が振られています)が重んじられている点です。ポスト・モダン批評を踏まえつつ、歴史的な意味でパウロに寄り添って、彼を理解しようとしています。
ライトがパウロ神学の基本的な要素についてどのように考えているかは、本書を読むなかで読者自身が発見してくだされば、と願っています。それとともに、従来の信仰義認の意味をも、一致信条書などのルーテル教会の信条から再確認することをお勧めします。このような形で過去と現在を結びつけ、熟考することこそ、宗教改革五百年周年のふさわしい迎え方ではないでしょうか。
*新約=New Testament(NT)