特集 忘れがちな大切なもの うわぁ、こんなにもやわらかくてあたたかい
『隣る人』企画 稲塚由美子
止揚学園は、懐かしいおうちでした。
一緒に隣り合って、あたたかいお鍋をご馳走になりました。ほこほこで、「美味しいねえ」と言うと、にこっと笑い返してくれます。「ここにすわってあたたまりなよ」まるで、そう言ってくれているように感じます。そうしてからだぜんぶが、あたたかくなっていきました。
滋賀県の能登川にある「止揚学園」を訪ねると、園長の福井生さんはじめ、秋済恵子さん、田村久瑠美さんたち職員の方々のゆったりした語り口や物腰など、なんかやわらかくてあたたかい風みたいなものに迎えられます。止揚学園の仲間たちも、そりゃあ今日初めて会った人だもの、恥ずかしがるよね。それでも興味津々。私も同じ。人に興味があるのは、やわらかくてあたたかいものにすでに包まれて、たっぷり安心しているからかなあ。
『あたたかい生命と温かいいのち』の本の中で、著者の生さんは、知能に重い障がいを持つ仲間たちと、ご自分が物心つく頃から一緒に成長してきたとおっしゃっています。聞こえない「心の声」に無関心ではいけない。なぜならその声にこそ「心の叫び」があるといいます。
私たちは、言葉で会話することで繋がれると信じ込んでいますが、その言葉尻を捉えて相手を非難したり、支配したり、思い通りにさせようとしてしまう。止揚学園の営みの中では、心の声に耳を傾けあい、共に、今を生き生きと生きることを大事にしようとしています。
社会を作っていると思っている人たちは、自分がいつまでも頑強で、意志の力さえあれば何でもできる、と言いたがります。でも、社会の流れについていくことができない人がいて、それは自分の姿でもあることを知ってほしい。誰でも近くにいればできることをしてあげて、共に歩く社会にしようと、随所で生さんは語りかけています。また、自立が絶対命題とされる社会的なメッセージは、結果を重視し、導くといった時点で、すでに自分たちの価値観の方に仲間たちを引っ張っていることなのだと戒めます。
福井県の敦賀で、第二次世界大戦でナチスドイツに追われたユダヤ人を日本人が助けたエピソードにも触れています。人の命は人によって奪われる。そこで止揚学園の仲間たちが「きょうから、みんなに優しくします」と言ってくれました。すべての生命を素直に優しく見つめる眼差しがある止揚学園は、血がつながっていなくても、心で繋がって安心できるみんなのおうち。
大事なものは目に見えない。止揚学園には大事なものが詰まっています。