書評Books 戦時下を生きた「被爆者」の「遺言」
戦時下を生きた「被爆者」の「遺言」
日本キリスト教協議会(NCC)教育部 比企敦子
『もしも人生に戦争が起こったら―ヒロシマを知るある夫婦の願い』
居森公照 著
四六判 1,400 円+税
フォレストブックス
書物の帯の言葉「伝えずには、逝けない」に強い思いが込められている。本書は、被爆者であった妻との結婚生活をとおし、被爆の実態や原爆投下の背景、証言活動が夫婦交互の文章によって生き生きと綴られている。居森清子さんは晩年、被爆による深刻な病を発症するが、使命感をもって証言活動に向かう姿に救われる。実は本書はご夫妻の「ラブストーリー」なのかと思うほど、苦難にあってもユーモアを忘れない明るさに励まされる。編集部による「コラム」欄にある豊富な写真や資料によって、戦争へと突き進んだ当時のようすもよくわかる。戦時下の実態を知ることができる貴重な「資料集」でもある。
清子さんの証言活動を引き継いだ著者は、自らもその活動を使命とされている。以前勤務していたキリスト教学校の「広島研修」でも被爆者の方の証言をうかがったが、キリスト者のご夫妻が横浜の地で証言活動をしておられるとは知らず悔やまれる。
清子さんは、あの朝、爆心地の対岸にあった本川国民学校にて十一歳で被爆。本川国民学校ただ一人の生存者となった。相生橋を起点に両岸に位置する旧産業奨励館(原爆ドーム)と本川国民学校の余りの近さに驚く。一緒に登校した友、両親、弟を失った。晩年の「母と弟の顔を覚えていないことが一番悲しい」との言葉が胸に刺さる。持ち歩いていた父と一緒の写真だけが残され、清子さんはまさに「いのち」以外のすべてを失った。
原爆孤児となった清子さんは原爆症に苦しみながらも生還し、学校を出て働き、やがて夫となる公照さんと出会う。幸福な結婚生活が続き、「被爆」を忘れかけていたころ病に倒れた。
ご夫妻の願いは原爆投下を招いた歴史の事実を伝えるだけではなく、再び戦争前夜としてはならないとの警告を発信することだったに違いない。その警告は、まさにいのちを削って証言を続けた清子さんの遺言であり、公照さんとの協働の結実と言える。私たちもそれに応え、「核拡散防止条約」への調印を政府に求めつつ平和運動を継続したい。