特集 子育てを助ける本 「怒らない」子育てではなく、「上手に怒る」子育て
編集ライター 結城絵美子
子育ての中で、“子どものこころ”を豊かに成長させるために、大切なことを考える。
『上手に怒る人になる―子育てが楽になるアンガーマネジメント』
小渕朝子 著
B6判 定価1,200円+税
今から十一年前、わが家のひとり息子が小学校に入学すると、私は驚きの事実に直面することになりました。当時はそういうことばがあることさえ知りませんでしたが、学校における息子の行動はいわゆる「小一プロブレム」のオンパレードだったのです。
小一プロブレムとは、コトバンクによると「小学校に入学したばかりの一年生が、(1)集団行動がとれない、(2)授業中に座っていられない、(3)先生の話を聞かない、などと学校生活になじめない状態」です。
体育の時間が終わってもいつまでも着替えができず、休憩時間が終わっても図書室から教室に帰ることができず、授業中も本を読み続けている息子はこの典型のような子でした。
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あせった私がいくら言い聞かせても叱っても、「うん、わかった」と素直にうなずきつつ、その行動は一向に変わらない息子。今振り返ると、息子が「そういう子」であることをなかなか飲み込めずにいたこの時期が、私の子育て暗黒期だったかもしれません。
しばらくすると、私と似たような悩みを抱えるお母さんたちが周りにも相当数いることがわかってきました。そんなお母さんたちと子育て勉強会を始めたのが、息子が小学校高学年になる頃です。
月に一回集まり、『聖書に学ぶ子育てコーチング』(ヘンリー・クラウド、ジョン・タウンゼント著、中村佐知訳、あめんどう)という本をテキストに勉強しましたが、その会の大半は、おいしいランチをいただきながら、「うちの子、今度はこんなことしてくれちゃってさー」「えー、うちだってそうだよ。この前なんかねー」と、お互いの近況報告をし合っては共感し合い、笑い合い、励まし合う時間でした。
『聖書に学ぶ子育てコーチング』は、実は私が編集をお手伝いさせていただいた本です。信仰者として、子育て中の母として、深く尊敬している中村佐知さんが「私の子育てを変えた本」と言って、これを翻訳していらっしゃったので、編集をしないかと声をかけていただいたときは渡りに舟と飛びつきました。
けれども、ここに書かれていることを実行しようとしても、日々の子育ての中で湧いてくる怒りは、どうにも収めようがありませんでした。子育て勉強会の場で話すと笑い話になるようなことも、密室における母と子の間では決して笑い事ではなかったのです。
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当時の私は、怒りとかゆみは似ているな、と感じていました。体のどこかにかゆいところがあると?きたくなり、掻き始めるとますますかゆみは増して、結局血が出るまでかきむしることになり、傷を残します。怒りも、怒りを感じるとぶちまけたくなり、ぶちまけ始めると止まらなくなって、最後は子どもの心に深い傷を残したのではないかと激しく後悔することになるのです。
そんなときに、スクールカウンセラーであり友人でもある小渕朝子さんがアンガーマネジメント講座をしていらっしゃることを知り、この子育て勉強会にスペシャルゲストとしてお呼びすることにしたのです。たった数名の勉強会に、朝子さんは遠方から快くやってきてくださいました。
それにしても、私の中の「怒り」のエネルギーは非常に強く、すぐに怒りたくなるし、怒り始めるとどんどんヒートアップしていくし、なかなか鎮められないので、本当にこんな感情、コントロールできるの? と実は半信半疑なところもありました。同時に、こんな激しい病にはどんな劇薬が処方されるのかと、興味津々でもありました。
ところが、その日、朝子さんが教えてくださったことは意外にあっさりしたことでした。「自分はどんなときにどれくらいの怒りを感じるのか。それに点数をつけるとしたら?」「その怒りを別の人の視点で捉え直してみる」、などなど。
え? こんなマイルドな薬で効くかな? と、何だか、癌に漢方薬を出されたような気もしました。でも考えてみれば、私も最初からうすうす感じていたとおり、「短期間で魔法のように怒りをコントロールできるようになる劇薬」など、そもそも存在するはずがないのです。
そしてこの漢方薬、マイルドだから効かないかといえば、そんなことはなかったのです。朝子さんとのセッションを終えてからずっと、私の中に何か引っかかるものが残りました。それは、「私の怒りって『絶対』じゃないのか?」という疑問です。
それまで、私にとって怒りとは「これは絶対誰でも怒るでしょ!」とか「そういうことされたら、この反応は当たり前でしょ!」というふうに、私の感じ方が「絶対」でした。その思い込みに、「もしかしたらそうではないのかも」と初めて小さなヒビを入れてくれたのが、朝子さんのセッションでした。
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それから数年後の二〇一七年、朝子さんのアンガーマネジメント講座の内容をより詳しく、より多くの方と分かち合うために、『百万人の福音』で一年間、「上手に怒る人になる」という連載をしていただきました。それを編集するうちに、アンガーマネジメントへの私の理解も深まっていきました。
そして今回そこに大幅に加筆して本を作ることになり、その編集をしながら今度こそ私は、怒りとは非常に主観的な感情で個人差があり、怒る理由も、自分が「このために怒っている」と思っているところ以外に本当の理由があったりする複雑なものだということに深く納得しました。
最初にアンガーマネジメントを教えていただいたときはマイルドな漢方薬のようだと感じたと書きましたが、怒りというのはまさに漢方薬によって体質を変えていくように、「怒りを感じたとたんに怒り、あっという間に燃え上がる怒りに身を任せる体質」を徐々に変えていくしかないものなのだな、ということも腑に落ちました。
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さて、理解の遅い私がそこまで時間をかけてじわじわと漢方薬の効き目を味わっているうちに、わが家のひとり息子は全寮制の高校に入ってしまい、物理的な距離と息子の成長が母子関係をすっかり楽なものにしてくれました。けれどもアンガーマネジメントの必要性はなくならないので大丈夫です。家には夫が残っていますから(笑)。理解するまでに数年かかった私ですから、実行できるようになるまで、まだ相当かかりそうではありますが。