書評Books すべての人への「言葉の処方箋」
東京女子大学理事長/野村ホールディングス名誉顧問 氏家純一
『種を蒔く人になりなさい』
樋野興夫 著
B6変判 1,300 円+税
フォレストブックス
超のつく過密日程の樋野先生に初めてお目にかかったのは、東京女子大学の理事会でした。
それ以来、毎月一度の理事会で、運営がもたつき、時には四時間を超える会議でも、焦らず苛立たず大声を出さずに、目を細そめてじっと聴き入っておられる姿を拝見していました。時おり、選び抜かれた言葉で短く意見を言われ、おかげで会議の品位と質が大きく向上します。
がん病理研究の最先端を担われている樋野先生が、医療の現場と患者の間にぽっかりとすき間が空いていることに気づいて「がん哲学外来」を創られたのが二〇〇八年の春ですが、それからの全力での働きには、ただただ驚かされます。
「がん哲学外来」の良き知らせを伝えるためであれば、まさに神出鬼没でどこにでも出かけられます。働き方改革などおかまいなしで、「もしかすると、このような時のためかもしれない」と突き進まれています。
「がん哲学メディカル・カフェ」を全国津々浦々まで開設しようとしておられますし、大人たちだけでなく、子どもたちの対話集会を各地に創ろうとも努力しておられます。講演会、ラジオ、そしてドキュメンタリー映画まで作って、福音の伝達方法を拡大されています。
『種を蒔く人になりなさい』は、名著の『がん哲学外来へようこそ』(新潮新書)より広い読者に呼びかけています。患者やその関係者だけでなく、病気も医師も縁がないとうそぶく方にも、宗教を信じる方にも、そうでない方にも、すっと頭と心に染み入る文章です。すべての章は聖書からの引用で始まり、そして、すべての章に樋野「言葉の処方箋」が付けられています。
「人生は荊の道かもしれませんが、ご一緒に歩んで行きませんか。されど日々の宴会を、ご一緒に楽しみませんか」(一九〇頁)と先生は誘われます。
私はこのお誘いに乗ろうと思います。