けっこうフツーです―筋ジスのボクが見た景色
第5回 私の教会との関わり②
黒田良孝
(くろだ・よしたか)
1974年福井県生まれ。千葉県在住。幼少の頃に筋ジストロフィー症の診断を受ける。国際基督教大学卒。障害当事者として、大学などで講演活動や執筆活動を行っている。千葉市で開催された障害者と健常者が共に歩く「車いすウォーク」の発案者でもある。
前回は所属教会との関わりや、それが私の価値観に及ぼした影響についてお話ししましたが、今回はもう一つの「教会」について取り上げてみたいと思います。
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小さい頃から教会学校に通い、十二歳で洗礼を受けた私でしたが、年月を経ても信仰の確信とはほど遠く、クリスチャンとしては非常に曖昧な、ぬるま湯につかったような状態だったのです。日曜日に教会に足を運ぶことが半ば習慣化し、自ら求めてキリスト教と関わっていたとは言い難い教会生活でした。
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しかし、そんな私にも神様は恵みを下さり、キリスト教から離れないように導いてくださいました。私は地元の小学校に途中まで通いましたが、その後家から離れた養護学校の小学部に転校し、そのまま同じ養護学校の中学部に籍を置きました。中学時代に、身体が動かなくても勉強をすることで自信をつけられることがわかったので、進学してさらに知識を身につけたいと思うようになりました。しかし、私の通う養護学校には高等部がなく、一般の高校を目指す以外の選択肢はありません。しかも私が高校に進学した時代(今から三十年前)は、一般校での車いす使用の生徒の受け入れがやっと始まった頃で、設備がないことを理由に受験を拒否されることもありました。
そのため、受け入れ実績のある公立高校を目指していました。しかし、受験が間近に迫った頃、運命を変える出会いがありました。九州学院高校の先生から「試験を受けてみないか」と直々にお誘いがあったのです。受け入れ体制についても保証してくれました。想定になかった学校でしたが、受け入れ実績だけで公立高校にこだわるよりも、そちらでお世話になるほうが自分の望む勉強ができると思い、急きょ試験に臨みました。
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九州学院高校は、アメリカのキリスト教会(ルター派)によって創設された学校で、キリスト教に基づいた教育を行うミッションスクールです。生徒がみなクリスチャンというわけではありませんが、聖書を読み、賛美歌を歌う朝礼や、週に一度キリスト教の授業がありました。先生方の多くがクリスチャンで、キリスト教精神が生徒の受け入れにも反映されていたと思います。他校では、「入学は認めるが介助はすべて家の方がしてください」というスタンスで、家族も学校に通うのが一般的な姿でしたが、九州学院ではトイレ介助については先生方がしてくださいました。教室移動は先生方に倣うようにクラスメイトが自主的に手伝ってくれて、送り迎え以外の家族の負担はありませんでした。
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九州学院高校を無事に卒業することができ、さらに高校の推薦で東京の国際基督教大学(ICU)への進学を果たすことができました。こちらでも受け入れ体制の問題はなく、普通の学生と同じキャンパスライフを満喫しました。学内の教会での礼拝に出席したり、キリスト教の講義を受けたり、クリスチャンとしてのアイデンティティを常に意識させられる環境でした。
私は、高校、大学ともに教会の恩恵に浴して学ぶことができたのです。これは偶然とは思えません。
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以前お話ししたように、私は社会に出て教会から、神様から離れていました。その中にあって、神様はどうして不公平なのだろうとつぶやく自分の姿がありました。病気が進み、何もかもがうまくいかないときにクリスチャンの話を聞いたりすると、信仰に確信をもって生きられる人のことを妬みました。そして、なぜ神様は私に自分を支えられるだけの信仰を与えてくださらないのだろうと思ったものです。
しかし、いま振り返ってみると学生時代はずっと教会が近くにあり、神様がそばにいてくださいました。ミッションスクールへの道筋も自ら選んだものではなく、与えてくださったとしか思えません。その後も人生の節目ごとに神様が与えてくださった出会いがあり、結果的に良い方向に導かれました。感謝しています。