特集 本との出会い NO絵本 NOライフ
幼いころに読んでもらった絵本、人生の節目にプレゼントされた本、自分で買った大切な一冊―これまでの歩みを振り返るとき、影響を受けた一冊があるのではないでしょうか。この春、自分に、大切な人に、本を贈ってみませんか。
音楽伝道者 久米小百合
「赤ちゃんまだですか?」と言われ続けて十二年、四十をギリギリ前にやっと授かった息子に、当時いただいた祝オメデタ品でいちばん多かったのが、絵本でした。
文字はなくシンプルな絵だけで綴られた絵本や、赤ちゃんがなめたり握ったりしても大丈夫なように柔らかい布で作られたもの、飛び出す絵本タイプのものなど、絵本ってこんなにバラエティに富んでいたっけ、といただいた私のほうが嬉しくなるようなものばかりでした。
一日の大半をミルクとオムツとネンネで過ごす乳児期は、そんな絵本をめくりながらこちらがウトウトする毎日。でも、幼稚園に上がる頃から寝る前に、つまりはすみやかに寝かしつける作戦として絵本の読み聞かせを始めました。
結局、自分でどんどん読めるようになる小学校の一年生くらいまで続けましたが、こうして振り返ればなんとも無垢で朗らかな夕べのひと時だったと懐かしく思い出します。あんなふうに親子でおとぎ話の街を廻るような愉快な時間は、それから二度と訪れることはありませんでした(苦笑)。
それでも、高学年になるとコミック本、ティーンエイジャーの頃は図書館で借りてきた青春小説やグラフィックアートの本などが汗臭い部屋に転がっているのを見て、難しい反抗期の嵐の最中にも、一応本を読む子に育ってくれたとホッとしたりしました。
私の父は「小さい頃に絵本を読んであげると素直で心優しい子に育つ」とよく言っていましたが、立派なヤンチャに成長した息子を見るたび、父の思惑は外れたと落胆したものです。でも最近、父の言葉もまんざら間違いではないと思っています。
そういえば、『さるかに合戦』や『ぐりとぐら』(福音館書店)で育った私も、世界にはたくさんの良い人や怖い人、素敵なことも悲しいこともいろいろあるのだと、いつの間にか教わっていました。絵本は知らない国の扉であり、大人の社会をのぞく窓だったのかも。だから小さい時にいろいろなお話を読み聞かせられた人は、少々好奇心旺盛な人になるのかもしれません。
さて数年前に二十歳を過ぎた彼が旅のお供に持って行くのは、なんと聖書だった! マンガはスマホで読めるそうで、聖書こそが世界一の絵本のネタだと思い出した次第です。