~Daily Light~ 第10回 実る思い出
石居麻耶 Maya Ishii
千葉県出身。アーティスト。画家。イラストレーター。東京藝術大学大学院美術学部デザイン専攻描画造形研究室修了。
大学卒業後の個展やグループ展等の展覧会やホームページ、ブログで発表した作品をきっかけに本の装画、週刊誌、文芸誌、新聞連載のイラストなどの仕事を担当。
多くのものを持たずとも、昨日のことのようによみがえる大切な思い出と希望があれば。
私が幼い頃、父は行き先を私に教えずに、ただついてくるように言って出かけることが度々ありました。印象深いのは父の自転車の後ろをひたすら小さい自転車でついていったときの行き先で、当時まだ珍しかったホームセンターでのこと。二人で工具や電子部品など一通り見た後、会計を済ませた父が私に手渡したのは一巻きのエナメル線。何に使うのかもわからないままの私が、電磁石を作るのかな、レモン電池かな……と想像しているうちにいつしか年月は過ぎてゆきました。
私が高校生になったとき、父がアメリカに単身赴任することになったので、思い切って聞いてみることにしました。「あれで何を作るつもりだったの?」すると父は「エナメル線? 買ったかなぁ?」仕事熱心で忙しい父は、すっかり忘れていたのでした。でも、そのエナメル線が私の想像を広げ、多忙な中でも共に過ごす時間を考えてくれていた父の気持ちに気付かせてもくれたのでした。
そんな父は、家族皆でのお茶のひとときを前にして、手にしたケーキを食卓に運ぶ途中うっかり床に落として青ざめた私に、誰よりも早く「ほら、これ」と涙ぐみながら、言葉少なく自分のケーキを差し出してくれた一面もありました。
そして、大人になった私は近年少し厄介な病気で手術を受け、病気と共に歩むことになり、父を涙させてしまいました。
10月はりんごの品種が一番充実している時期だそうです。父が大好きなアップルパイ、記念日の贈り物にしたら喜ぶかな。そんなことを考える実りの季節です。
「わたしの枝で実を結ばないものはすべて、父がそれを取り除き、実を結ぶものはすべて、もっと多く実を結ぶように、刈り込みをなさいます。」(ヨハネの福音書15章2節)