特集 ノンフィクションの魅力 評伝を読むことの楽しみ

日本同盟基督教団・武庫之荘めぐみ教会 牧師 松田吉広

いのちのことば社の方から「評伝を読む楽しさについて書いていただけませんか?」との依頼を受けました。
巣ごもりしている今だから「家の中でできる楽しみを紹介しよう!」ということで、お受けしました。

読書の楽しさ
読書ほど都合のいい楽しみはありません。野球やサッカーと違い、練習相手がいなくても一人で楽しめます。気象条件に左右されず、場所も選びません。気の向いた時に始め、用事ができたら直ちにやめることができます。初めてのことに出会う機会ともなり、人生の良い刺激となります。古本屋へ行けば安価で本が手に入りますので、安上がりな楽しみでもあります。
コロナ禍で外出もままならない今だからこそ、見直したい楽しみの一つです。

評伝(偉人伝)を読む楽しみ
小学生の頃から日本史に登場する偉人の物語を読むのが好きでした。特に戦国時代の英雄、信長や秀吉、家康に関する本には熱中しました。
しばしのブランクの後、司馬遼太郎の『竜馬が行く』がきっかけで、再び人物伝を読むようになりました。その年はソクラテスをはじめ、松下幸之助、ルター、カルヴァン、その他の評伝や人物伝を読みました。

「真実な証しはどんな説教にもまさる!」という言葉を聞いたことがあります。どなたの言葉だったかは忘れてしまいましたが、印象深く残っています。確かに観念的な話よりは、実際の経験にもとづく「真実な証し」は面白くて説得力があります。
評伝は先人に関する「真実な証し」です。それを読む楽しみは、先人の生き様から教訓を学び、時には背中を押してもらえることです。

評伝から学ぶ楽しみを知るきっかけとなった三冊
評伝を読む楽しみを教えられた三冊の書籍があります。
一冊目は、松下幸之助の『指導者の条件』(PHP研究所、※品切れ)です。
松下幸之助に関してはその成功物語もさることながら、著作にも興味を持ちました。『指導者の条件』は、主に日本と中国の偉人の生き様や経験を紹介したものです。会社経営の一助として幸之助がいかに多くの人物を訊ね求めたかをうかがい知る一冊です。筆の運びが慎重で断定的な物言いをしていないので、抵抗感なく読めます。

読者はそこに取り上げられている人物から、たくさんのアドバイスを得ることができます。本書は「人は他者の人生から何を学ぶことができるか?」について、とても良い示唆を与えてくれます。
二冊目は、広瀬利男氏の『「ビートたけし」と宗教』(澪標)です。

ビートたけしは、デビュー当初は「品のないお笑い芸人」くらいにしか見られていませんでした。ところがその後、あらゆる方面でその才能を開花させ、それと共に評価も大きく変わってきました。漫才師だけでなく、俳優・テレビプロデューサー・映画監督・大学教授と、各方面で活躍しています。映画監督としてはベネチア国際映画祭でグランプリを受賞するなど、非凡な才能を発揮しています。

広瀬氏がたけしをバプテスマのヨハネに重ね合わせて見ているのが興味を引きました。本書は人間洞察という点において、深い示唆を与えられます。また、人を先入観を持って偏り見ることに対する戒めを与えられます。

三冊目は、ジョン・バニヤンの『天路歴程』(新教出版社)です。本書は評伝というより寓話ですが、ひとりの人が「天国に至るまでの人生の巡礼の旅」を描いたものです。

その人生の中で起こる数々の試練や誘惑・疑いや葛藤・出会う人々との人間関係などが綴られています。一人の人物の信仰の成長過程が克明に扱われていて、特に感心させられるのはバニヤンが登場人物に名前をつけるネーミングの巧みさです。それこそ彼の観察眼によるもので『天路歴程』を読む楽しみは、その人間観察の妙にあります。

聖書の登場人物を扱った案内書
聖書の人物を扱った書籍も数多く出版されていますので何冊か紹介します。
まずお薦めなのは、『聖書人物伝』(いのちのことば社)です。サブタイトルの「これだけは知っておきたい百二十七人」のとおり、新旧約聖書から百二十七名の人物が紹介されています。本書は聖書の主要な人物を中心に紹介していて、聖書の人物を調べる時のちょっとした辞書にもなります。レンブラントの絵画と聖地の写真がふんだんに盛り込まれていますので、最後まで飽きずに読めます。

次に、堀肇師の『心で読む 聖書のにんげん模様』(いのちのことば社、※品切れ)もお薦めです。本書の特徴は、聖書の人物を英雄伝のように理想化していないという点です。どんなに立派に見える人物であっても、人としての罪深さや弱さを持っています。著者は人の光の部分と闇の部分、強いところと弱いところを引き出して正確な人間像に迫っています。本書を読むと「人は常に百点を取らなくても信仰者としてやっていける」という励ましを受けます。
少し古いですが、沢村五郎師の『聖書人物伝』(いのちのことば社、※品切れ)もお薦めです。本書は筆者の信仰の熱量が伝わる力のこもった一冊です。

その他には加藤常昭師の『加藤常昭信仰講話4 主イエスに出会った人びと』(教文館)、女性だけに絞ったものでは、井上洋二師の『イエスをめぐる女性たち』(彌生書房)も良いと思います。
以上、思いつくまま挙げてみました。これらはどれも評伝を読む案内書として有益なものです。聖書の人物については、もちろん聖書そのものから当たるのがベストです。

けれども聖書の人物は時代背景・言語・文化・習慣……すべてが現代に生きる私たちとは違います。ですから専門家の手による案内書を先に読んで、それから聖書の人物に当たることをお勧めします。

聖書の人物を学ぶ楽しみについて
多くの評伝を読むことによって、人に対する視点が変わり、また見方の複眼化が起こることがあります。それも評伝を読むことの意義であり楽しみであると感じています。
信仰を持ちたての頃は「パウロに在らずんば信仰者に在らず!」くらいに、パウロに心酔していました。けれども聖書に登場する人物に触れる中で、自らの考えに変化が起こっています。今では「パウロはとても尊敬はするが、友だちにはなりにくいな!」と感じるようになっています。
「友だちにするならバルナバがいい!」そのような変化も、評伝を読む楽しみの一つです。
コロナ禍で外出のままならない状況を逆手にとって、もっともっと聖書の人物を調べたくなりました。

『天路歴程 正篇』
J・バニヤン 著/池田敏夫 訳
四六判 定価1,980円(税込)
新教出版社

『聖書人物伝
これだけは知っておきたい127人』
千代崎秀雄、鞭木由行、内田和彦他 著
A5判 定価1,980円(税込)
いのちのことば社 フォレストブックス