ヘブル語のススメ ~聖書の原語の世界~ 11回目 動詞の話
城倉啓
1969年、東京生まれ。西南学院大学神学部専攻科修了後、日本バプテスト連盟松本蟻ケ崎教会の牧師就任。
2002年、米国マーサ大学マカフィー神学院修士課程修了後、志村バプテスト教会牧師を経て、現在、泉バプテスト教会牧師、東京バプテスト神学校講師。
今回は動詞の話です。動詞は人や物の行為を示す品詞です。誰がどのようなニュアンスで行っている行為であるかを特定するルールがあります。
ルール①「人称・性・数」。これは行為の主体(主語)を示します。ヘブル語動詞は動詞の内側に主語を含みます。左表のように十種類あります。
ルール②「視座」。話し手の立場から見て、その行為が完了しているか完了していないかを示します。大まかに完了視座と未完了視座の二種類があります。完了は断言している人の気持ちを、未完了は断言できない多様な感情の起伏を表現します。
ルール③「語幹」。人からされた行為なのか、強調した行為なのか、相手にさせる行為なのか、自分に向かってする行為なのかなどを示します。七種類の語幹があります。
ルール①×②×③の組み合わせは百四十とおり。まさに暗号解読のレベルですが、コツをつかめば大丈夫です。
私たちが暗号解読してさかのぼるべき「原形」は、①「三人称・男性・単数(三男単と略します)」、②「完了視座」、③「パアル語幹(基本形)」です。さまざまに活用している動詞を、「彼は~した」という形までさかのぼって辞書を引いて、その単語の意味を特定することが、私たちのミッションです。今回は①②のみを学びましょう。
次の表は「治める」という意味の動詞のパアル語幹の活用です。
前後に複数の文字とくっつく場合がありますが、すべての活用にという共通の三文字が入っています。この「原形の三文字(三語根)」を取り出して辞書を引きます。「三男単」(完了視座)は三語根だけで構成されています。
未完了にだけは、網掛けになっている原形部分の前に四種類の文字が付いています。です。これらが暗号解読の目印となります。この四文字が冒頭に付いている単語を見たら、動詞の未完了視座を疑います。語順のルールについても学びながら実際の聖句で練習してみましょう。
(士師記八・二三)
一単語目は「~ない」という否定辞です。ヘブル語では否定辞を文の冒頭に置きます。日本語と逆ですね。否定辞の次に動詞がくると推測できます。否定文以外の場合、動詞が冒頭に来なければならないからです。三単語目は人称代名詞「私は」です。ヘブル語の主語は動詞の後に置かれます。ここに主語があるので、やはり二単語目が動詞であると推測できます。四単語目は第十回で取り上げた前置詞に人称語尾が付いた形です。「貴男たちの中に」が直訳です。
ではいよいよ二単語目の解読です。三語根はなのか、それともなのでしょうか。語頭のに目を付けます。これが未完了視座の目印だからです。そこでを切り落としてで辞書を引きます。すると「治める」という意味が載っています。そこで活用表にもどってが動詞の未完了視座・一人称・共通・単数(一共単)であることを確認し、「私は治める」と訳します。
「~ない」「私は治める」「私は」「貴男たちの中に」という四つの単語を、一つの文にまとめましょう。冒頭の二単語の意味は「私は治めない」。人称代名詞「私は」がなくても意味が通じます。重ねて言う強調表現です。三単語までで「この私は治めない」。最後は熟語。動詞は前置詞とくっつくと「~を治める」という意味になります。「この私は貴男たちを治めない。」
主のみが王であるという信仰告白をギデオンはしています。なお未完了視座なので、治めるべきではない/治めることができない/治めたくないなどの翻訳もありえます。ギデオンの気持ちになって翻訳してください。