スピリチュアル・ジャーニー その後 ~真の人間性の回復へのプロセス~ 第十六回 旅の中の出会いから学ぶ⑥ドイツ~盗まれた「アイデンティティー」
坂野慧吉(さかの・けいきち)
1941年、東京都生まれ。その後、北海道に移住。福島高校、東京大学卒業。大学生時代にクリスチャンとなり、卒業後、聖書神学舎(現・聖書宣教会)に入学。その後、キリスト者学生会(KGK)の主事を経て、1971年より浦和福音自由教会牧師。
私は、ポーランドから列車でドイツに向かった。この数年前に「エヴァンゲリウム・カントライ(福音合唱団)」の演奏旅行に随行し、旧東ドイツを訪問していた。ある町で演奏会を開いた時の歓迎会で、その町の副市長の信仰の証しを聞いた。歓迎会が行われた「ゲマインデハウス」(フェローシップハウス)の外壁に、ドイツ語で「わたしは道であり、真理であり、いのちなのです」というイエス・キリストのことばが書かれていた。私が「これはいつから書かれていたのですか」と尋ねると、「共産主義者が東ドイツを支配していた時からだ」と答えた。ベルリンの壁が崩壊し、東ドイツと西ドイツが一つとなったとき、この町の人々は、クリスチャンを市長と副市長に選んだ。それは多くの政治家が、共産主義者が国を支配していた時と、その後とでは大きく態度が変わったのに対し、クリスチャンたちは一貫して信仰の姿勢を変えなかったので、民衆から信頼されたからだということであった。
列車がベルリンの駅に到着すると、ベルリンで伝道している河村昭夫・紀子先生一家が迎えに来てくださっていた。河村先生のお宅に行き、ドイツ滞在中はお世話になった。
バッハゆかりの聖トーマス教会を見学した翌日、私は一人でベルリンのムゼウムスインゼル(博物館島)に行った。そこには、美術館をはじめ、ペルガモン博物館などがあり、かなり見ごたえのあるものだった。見終わり、公園のベンチに座って食事をしながら、ベルリンの観光案内の本を見ていた。ふと横を見ると、置いていたカバンがない。カバンの中には、パスポートを入れていた。すぐに、近くの店に行って、最寄りの警察署の場所を聞いた。すると「わかりにくいところにあるので、途中で場所を聞いたほうがいい」と教えてくれた。途中でフンボルト大学の前を通ると、学生たちが出て来た。その中の女子学生に声をかけて、「パスポートを盗まれたので、警察の場所を教えて」と頼むと、彼女は「自分もわからないけれど、一緒に行こう」と言ってくれた。途中、「私は、日本に行ったことがある。京都や鎌倉にも行った。その時に道が分からずに日本人に尋ねたら、親切に教えてくれた」と言った。きっと誰かが彼女に親切にしたので、彼女も私に親切にしてくれたのだ。
ついに警察署が見つかり、彼女は事情をドイツ語で簡単に話してくれた。警察官は英語はわからなかったため、彼女が私の英語をドイツ語に通訳してくれた。警察官は、すぐにベルリンの日本大使館に電話してくれて、「今すぐ来るように、大使館の係の人は待っているから」と言ってくれた。私は大使館に行った。すでに時間は過ぎていたのに大使館の人は待っていてくれた。「盗難証明書」を提出し、必要な書類に記入し終えた。係の女性は「今すぐ日本の役所に連絡する。あなたがパスポートを取得していたことが確認してもらえたら、すぐにパスポートを再発行する」と言ってくれた。盗難にあったのは、水曜日の午後であった。
実は、次に訪問することになっていたオランダで日曜日に礼拝説教を頼まれていた。パスポートなしに移動することは困難であった。金曜日の午前中、大使館に連絡したが「まだ、来ていない」との答えであった。私は、オランダに行くために荷物をまとめて駅に向かった。駅で、アムステルダム行きの最終列車の座席指定の急行券を念のために購入して、駅のロッカーに荷物を入れておいた。大使館のある「ヒロシマ通り」の近くに、森があり、そこで私は神に祈りをささげた。「もし、アムステルダムでみことばを伝えることがあなたのみこころであるなら、今日中にパスポートをください。」
午後三時頃、近くの公衆電話から大使館に電話すると「日本から答えがあった。すぐに来てください」と言われ、すぐに駆け付けた。三十分間でパスポートを作ってくれた。その後、タクシーで駅に向かった。道は混んでいたが、ようやく駅に着いて、荷物を取り、列車に飛び乗るとその途端に列車は動き始めた。「ああ、間に合った」と一息ついた。そして無事にアムステルダムに着き、出迎えてくれたアムステルダムのクリスチャンたちに会うことができた。
十月に日本に帰って来て、妻の聰子とともに、銀座の画廊で開かれていた、パリ在住の渡部さんの個展を見に行った。その帰りに地下鉄の銀座駅で外国人数人が、「新宿、新宿」と言っていた。どの線に乗ったらいいかがわからない様子だった。私は「神が恩返しをするチャンスを与えてくださった」と直感して、「Can I help you?」と語りかけて、地下鉄の乗り場まで案内させていただいた。
パスポートは「自分が何者であるか」を証明する重要なものである。多くの方々のおかげで、私は新しいパスポートを手にすることができたのだった。