書評Books 武力によらない平和論に向けた思考を鍛えてくれる良書

 


『戦争と平和主義エキュメニズムが目指すところ』
富坂キリスト教センター 編

A5判・定価2,200円(税込)
いのちのことば社

元関西学院大学教授 山本俊正

戦後の平和理論のなかで、国際政治の舞台において最も声高に提唱されたのが抑止論であった。抑止論とは、軍拡と同義語である。相手が軍備を増大させれば、それに対応して、こちらも増大させる。軍備の均衡によって戦争を思いとどまらせ、くい止める。抑止論は、相手を征服するという前提で軍備を拡張するのではなく、戦争を抑止するのが建前だ。平和を維持するための国際政治におけるリアリズム(現実主義)である。抑止論は、敵に勝る力をもつことによって抑止が可能となる平和論であるため、限りない軍拡競争となり、無限の悪循環をもたらす。抑止論の究極は国単位の「核抑止論」となる。
広島で開催されたG7サミット(二〇二三年五月十九~二十一日)で出された「広島ビジョン」でも、内容は核廃絶の具体策ではなく、その前提は「核抑止論」の有効性であった。
この抑止論の対極に位置するのが宗教的パシフィズム、宗教的な立場に立つ平和主義である。宗教的な平和主義は、「平和を愛好・尊重する」主義ではなく、あらゆる暴力と戦争を否定する。キリスト教の絶対平和主義やエキュメニズムが目指すところに通底している。
本書はロシアによるウクライナへの軍事侵攻が続き、日本でも防衛費の増額など、戦後の平和国家から「抑止論」優先国家へ転換する状況下で行われた共同研究の成果である。
「キリスト教における戦争と平和主義」、「太平洋戦争と平和主義」、「現代における戦争と平和」の三部から構成されている。九人の研究者、専門家による各分野からの論考は読み応えがある。平和創造の対抗軸として、抑止論を克服する平和主義とは何か。本書は、過去と現在を往還しながら、「戦争と平和主義」について多角的な側面から情報を提供し、その応えのヒントを与えてくれる。武力によらない平和論に向けた思考を鍛えてくれる良書である。一読を薦めたい。