関東大震災と朝鮮人虐殺
東京基督教大学学長　山口陽一

一九二三年九月一日の関東大震災の死者・行方不明者は一〇万五千人、首都はほぼ壊滅し、墨田区横網町の陸軍被服廠跡の空き地では避難者三万八千人が焼死しました。混乱の中、「朝鮮人が放火している」などのデマが流れ、一日の晩から数日の間に多数の朝鮮人が虐殺されました。内務省は三日の朝に船橋の海軍無線電信所から、朝鮮人への警戒を呼びかける電報を発信します。ラジオはまだありませんし、東京の新聞は五日の夕刊まで発行できませんでした。流言は広がり、東京だけで一、五九三の自警団が生まれたとされます。在郷軍人などがリーダーとなり、鳶口、鉈、ツルハシ、日本刀や銃、竹やり、木刀やこん棒などで武装し、不審者を検束して「一五円五〇銭」と言わせ、濁音が発音できないと朝鮮人だとしてなぶり殺しにしたのです。軍隊や警察が加わったケースも少なからずありました。
朝鮮人が放火、強盗、井戸に毒、などはデマとわかり、警視庁は注意喚起しますが徹底せず、川口から中山道を北上する形で連行された朝鮮人が、道中各所、熊谷（四日）や藤岡（五日）で殺害されました。殺害された朝鮮人の正確な数はわかりません。吉野作造による十月末までの調査人数は、東京七二四人／神奈川一、一二九人／埼玉五五一人／千葉一四一人／栃木四人／茨城四四人／群馬一八人／長野二人／計二、六一三人。大韓民国臨時政府の『独立新聞』では、十一月二五日までに遺体確認一、一六七人、未確認三、二四〇人、追加二、二五六人、計六、六六三人です。その後の研究もこれらの人数を基礎にしています。また中国人も六○○人以上殺害されたと考えられます。内務省警保局の調査では二三三人、中国人三人、日本人五八人。虐殺は歴史的事実です。
なぜ流言による殺害が起こったのでしょうか。一九一〇年の強制併合により朝鮮からの移入者が増え、震災時には全国で八万人以上、東京には学生三千人・労働者六千人がいたとされます。日本人は、彼らが日本を恨んでいることを知っており、加害者であることゆえの怖れが流言と殺害の原因でした。難を逃れた朝鮮人、彼らを助けた日本人もいました。日常的な交流の有無がその境目となりました。
小池都知事が長年続いた追悼文を取りやめ、「日本女性の会そよ風」はヘイトスピーチを繰り返しています。「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目になる」（ワイツゼッカー）。まさにそういうことです。