特集 クリスマスに贈る本

クリスマスは贈り物の季節。毎年、何を贈ろうかと悩む方もいるのではないでしょうか。今特集では、いのちのことば社のおすすめのクリスマス新刊を中心に、贈り物にふさわしい本を紹介します。

クリスマス童話集にこめた思い

小松原 宏子

『名作 クリスマス童話集』編訳者
児童文学作家・翻訳家

キリスト教と出あうずっと前に、わたしは『クリスマス・カロル』と出あっていました(当時は「キャロル」でなく「カロル」だったと記憶しています)。
けちで、よくばりで、冷たい心をもったスクルージが、クリスマス・イブの夜に過去と現在と未来のけしきを見せられ、たった一晩で生まれ変わるお話です。
特定の宗教というものをもたない、ごく一般的な日本の家庭に育ったわたしも、心をいれかえたスクルージに共感をおぼえ、自分もこんなすがすがしいクリスマスの朝をむかえたいものだと思ったことを覚えています。
思えば、ふつうに日本で生まれ育った子どもが、いえ、おとなも、キリスト教を知る一番の間口は、文学なのではないでしょうか。そして、それは、教会のイベントに招かれたり、宣教師に英語を習ったりすることとくらべると、だれもが必ず出あえる自然でわかりやすい道だと思います。ストーリーのなかで、主人公の生き方に感情移入したり、物語の舞台になっている国や場所の文化に触れたりすれば、自然にキリスト教というものを知り、なじんでいくことになります。少なくともわたしの場合はそうでした。翻訳文学のなかで知った習慣や風景、そして何よりも、信仰を基盤とした生き方にあこがれの気もちをもつようになったのです。
『若草物語』『あしながおじさん』『やかまし村の子どもたち』『赤毛のアン』……子どものころ夢中になって読んだ外国のお話には、かならずといっていいほどクリスマスのシーンが出てきます。絵本では、ツリーをかざるおとなたち、プレゼントをもらう子どもたちのすがたも何度も目にしました。
とくに、『若草物語』は、クリスマスに始まり、クリスマスに終わる、四姉妹の一年間のお話ですが、後年、これを自分で編訳したときには、この作品が『天路歴程』をベースにした信仰の物語であることを知り、できるかぎりそこを反映しようと意識しながら構成しました。
今回、『名作 クリスマス童話集』には、「靴屋のマルチン」「クリスマス・キャロル」「幸せの王子」「くるみわり人形」とともに、その『若草物語』の作者であるオルコットの小品「ケイトのクリスマス」(原題Kete’s Choice)を収録することができました。イギリスで両親を亡くした少女ケイトが、母親の祖国アメリカで伯父の家に引き取られる前に、初めて会う祖母の家でクリスマスを過ごす、という内容の珠玉の短編です。日本ではまだ訳されたことがないと思われますが、アメリカのオルコット記念館・オーチャードハウスの日本人スタッフ、ミルズ喜久子さんからこの物語の話を聞いたときから、なんとか日本の子どもたちにも手渡せないかと考えていました。クリスマスの本質を問うようなこの作品が、このたびいのちのことば社からの出版という最高の機会を得ましたことを、天の恵みと信じるとともに、心からの感謝をささげるばかりです。

新刊

『名作 クリスマス童話集』

四六判 176頁
定価1,870円(税込)

クリスマス・キャロル、幸せの王子、くるみわり人形、靴屋のマルチンなど、冬の季節を彩る童話集を新訳で刊行。『若草物語』の著者ルイーザ・メイ・オルコットの短編「ケイトのクリスマス」も初邦訳で収録。

※挿絵は『名作 クリスマス童話集』で使用されているものです。 ©Azusa Yajima

ルイザ・メイ・オルコット
(1832-1888年)

超絶主義思想の哲学者で有名なエイモス・ブロンソン・オルコットの次女として、ペンシルヴァニア州で生まれる。幼少期から父に多大なる影響を受け、神への信仰、女性や奴隷など弱い立場に立つ人々への思いやりのある女性へと成長した。1868年、35歳の時に自らと姉妹をモデルにした自伝的作品『若草物語』(Little Women)を発表。人々の圧倒的な支持を受け、そののちは、児童向けの倫理的な小説や大人のための小説を精力的に発表し続けた。

オルコットの初邦訳作品「ケイトのクリスマス」について
オーチャードハウス スタッフ ミルズ喜久子さん

『名作 クリスマス童話集』に収録されている「ケイトのクリスマス」は、『若草物語』の作者、ルイザ・メイ・オルコットが書いた短編です。一八七二年五月十八日号と二十五日号の週刊誌Hearth and Homeで連載されました。物語でケイトは、「人に思いやりを持って接し、親切に、優しくする」というオルコット家の精神を実践しています。また、ケイトのように、自分の考えをしっかり持ち、周りに流されず生きていくことの素晴らしさをルイザは物語を通して語りかけています。一九世紀のお話ですが、孤独な高齢者社会の二一世紀に生きる私たちに多くの大切なことを教えてくれるのではないでしょうか。
さて、作者ルイザと家族が暮らしたオーチャードハウスが博物館として米国マサチューセッツ州コンコードに現存します。『若草物語』誕生の家であり、物語の舞台となった館内を見学するだけでお話の中に入り込んだかのような錯覚に陥ります。それは館内の八十パーセント以上がオルコットゆかりの所蔵品で、その一つ一つから、家族が互いを大切に思っていたことが感じられるからでしょう。