連載 まだまだ花咲きまっせ おせいさん、介護街道爆進中 第2回 結婚します
俣木聖子
一九四四年生まれ。大阪府堺市在住。二〇〇〇年に夫の泰三氏が介護支援事業会社「シャローム」を創業したことを機に、その運営に携わる。現在は同社副会長。
「聖子さん、私結婚するの」
スタッフの道子さんからの電話だ。
「えっ?」 びっくりして、あとの言葉が出てこない。
「来年八十歳になるから、今年中に結婚式を挙げるの。お式に来てくださいね」
「相手は億万長者なん?」 おせいさんは、皮肉交じりに突っ込んだ。
「私を愛してくれる愛は億万長者かな」
八十歳になろうとしているシニアが言う言葉かいな。おせいさんはあきれていた。
「最初の結婚はすぐに破綻したから、夫婦のわびさびなんて味わってなかった。だから今度は聖書の誓いの言葉どおり、貧しい時も、健康な時も病気の時も、愛し敬いという夫婦生活を過ごすわ」
相手は同じ大学の同窓生らしい。グリークラブの仲間だ。二人とも連れ合いは、いなかった。大学の同窓生という、懐かしい仲間の再会で、恋が生まれた。
お互い、寂しい老後であった。道子さんは七十九歳なれど、週三日はグループホームで働いていた。忙しい毎日であった。しかし、このまま一人で老いてゆくのは、寂しかったのであろう。子どもはいなかった。
「生活も安定しているのに、今さら、介護を目前にぶら下げている人と結婚して、苦労を拾うようなもんではないの?」 おせいさんの本音だ。
「旦那さんとずーっと暮らしている人にはわからないのよ。結婚すると決めてから、幸せ気分いっぱいなの。毎日ワクワクしてるの」
八十であろうが、四十であろうが、恋に浮かれるのは同じなのか? しかし、シニアになったらあることないことを考えて、結婚という結論を出さないのではないのか?
道子さんと同じ時期にグループホームで働いていた、君世さんがいた。道子さんの紹介でシャロームに入社した。今から十三年前だ。
君世さんは、介護世界にぴったりの人材だった。グループホームの入居者様に対して、優しく親身になって働いた。
お看取りの方には、最後まで何かを食べてほしいと苦心していた。
「何か召し上がりたいものありますか?」
間近に死が迫っている方に尋ねた。
「巻き寿司が食べたいなあ」
海苔巻きをそのまま食べさせるわけにはいかない。スタッフは考えた。安全に食べさせてあげたい。
君世さんは、海苔巻きを作った。すし飯は軟らかめに、卵はいり卵、シイタケの甘辛煮はみじん切り、キュウリもみじん切り、高野豆腐もみじん切り。問題は海苔だ。海苔をちぎってラップの上にちりばめた。すし飯と具をその上に並べた。しっかりと巻きすで巻いた。
「おいしい」
その一言で、ホームの中に喜びの渦が巻き起こった。
好きな巻き寿司を食べて、一週間後に亡くなった。幸せな最期だった。君世さんにとって、介護の花が咲いた思い出であろう。
それから、数年経った。
君世さんに、仕事の中でおかしな行動が出てきた。独居だった君世さんの家に道子さんが行くと、冷蔵庫の中に卵が何パックも入っていた。本人に聞いても、「卵が好きだから、それくらいすぐ食べてしまうんよ」
そのあたりから、君世さんの行動に少しずつ心配な点が増えてきた。君世さんのご家族は入居を促した。八十三歳になっていた。君世さんは施設に入居した。
優しい人柄は変わらず、自分が施設に入居している自覚がない。ホームの台所に立ってコップを洗い、テーブルを拭く。ホームで元気で働いているつもりの君世さん。
「毎日忙しくって、ここでご飯も食べさせてもらうのよ。有難い会社だわ。聖子さんありがとう。いつまでも働かせてくれてね。私、いくつになったのかな?」
自分の年も定かでなくなっていた。
認知症になっても見守りがあれば君世さんのようにできることがある。それぞれの入居者様にできることは、最後までしていただきたい。
道子さんは秋晴れの日にウエディングドレスを着て、シニアの合唱団仲間の結婚讃歌の響くなか、伴侶と腕を組んで足取り軽く赤い絨毯を踏んでいた。七十九歳の幸輝高齢者のオーラがチャペルにあふれていた。
同じ日、君世さんは、施設で認知症の方のお世話をしていた。彼女にも幸せの笑顔が光っていた。