特集 聖書の世界を知ろう 聖書の世界へのご招待

新刊『地図で学ぶ聖書の歴史』がまもなく発売される。旧新約聖書が扱う歴史は実に二〇〇〇年以上、その舞台となる地域もイスラエルにとどまらない。神の言葉がどのような時代・文化の中で語られ、記されたのかを知るのに最適な本書の魅力を凝縮して紹介する。

 

神戸改革派神学校 校長、
日本キリスト改革派甲子園教会 牧師 吉田 隆

 

聖書の世界ほど、魅力的な世界はありません。なにしろ天地創造に始まり、その終わり(完成)までを描いているのですから。しかも、そのほとんどが実際の歴史の中、つまり、現実世界の中で起こった物語なのですから。

未信者の家庭で育った私は、キリスト教の精神や山上の説教に表されたような高い倫理的な教えに惹かれて、聖書を読み始めました。ところが、新約聖書(福音書)をひも解くと、教えよりはイエスや弟子たちの(訳のわからない)お話ばかり。旧約聖書にいたっては、まるでおとぎ話のような創造物語。そして、これまた何のことやらさっぱりわからない物語の数々……。
それでも読み進めるうちに、「聖書というのは〝教え〟の書というよりも〝物語〟なのだ」と気づきました。しかも、決して神話と同じではない。数千年前の世界と歴史の中で現実に起こった物語なのだと。そのことがわかってから、もともと歴史好きだった(子どもの頃は考古学者に憧れていた)私の心に火がつきました。
聖書全巻の通読を始め、求道者の時に手にしたサムエル・テリエンの『原色 聖書の歴史』(創元社)に興奮し、聖書世界の写真集に感動し、ハーレイの『聖書ハンドブック』(聖書図書刊行会)で基礎的聖書知識のほとんどを身につけました。
聖書は大部の書物です。だからこそ、最初に大きな見取り図を頭に入れること、基本的な知識から徐々に詳細な知識へと進むことの大切さ。その際、様々な図表や写真、イラストなどビジュアルに訴えるものがとても役に立つことを、自分の経験から知りました。私は、神学校で一年生に十年間「旧約概説」を教えてきましたが、その時にも同じことを言い続けています。
その意味で、このたび出版された『地図で学ぶ聖書の歴史』は、間違いなく、旧・新約聖書全体を学ぶ際の最良の参考書の一つになるでしょう。本書は、単なる地図帳ではなく、聖書歴史の教科書でも、考古学の史料集でもなく、その全部だからです!

本書は、聖書という書物を最も信頼しうる第一級の歴史史料と考えているところに、その最大の特徴があります。したがって、聖書の物語そのものをいわば語り部にして、歴史を紡いでいくのです。
創造物語から族長物語へ。そこから始まるイスラエル民族盛衰の歴史。さらに、旧新約の聖書だけでは知りえない第二神殿期(中間時代)のユダヤ人の歴史。やがて地中海世界を席巻したローマ帝国の興隆と、時を同じくして現れたナザレのイエスと弟子たちの物語。そのイエスの福音によって生まれ変わったパウロの伝道旅行。紀元一世紀末の黙示録に描かれる七つの教会の姿。そして、ローマ皇帝コンスタンティヌスの受洗まで。地理的範囲で言えば、西の果てスペインからイランまで、アラビア半島最南端のイエメンからギリシアまでを舞台とした、実に三千年にわたる聖書の歴史を概観しています。
そして、その聖書の一つ一つの物語を、古代世界の歴史と地理に位置づけながら立体的に再現するために、多くの聖書外史料や考古学的情報、大小の関連地図(地勢図や戦術図)、当時の生活を髣髴とさせる小道具や生活用品、気候や文化や諸宗教についての情報を、コラムや一五〇以上ものカラー写真・イラストで明らかにしていくのです。
とりわけ、私が嬉しかったのは、会見の幕屋やソロモン神殿などの建造物、バビロンやエペソについて、考古学的知見に基づきながらもイメージ膨らむ、大きなイラストの頁が何枚もあることです。まるで聖書の主人公たちが、その絵の中にいるかのように思えて、胸が熱くなりました。
また、古代世界におけるラクダの分布図や図書館の情報など、見たことも聞いたこともないような情報満載です。それは、ちょうど日本という国を外国から見るように、聖書の世界しか見えていなかった近視眼的な世界観から一歩外に出て、当時の世界全体の中で聖書世界を俯瞰するような感覚です。そうすることによって、むしろ聖書の独自性が際立ってくるのです。

著者のポール・ローレンスは、リヴァプール大学でアッカド語とヘブライ語、近東の考古学を学び、ティグリス河畔の古代ニネベ発掘にも参加した言語学者・考古学者です。
本書は、基本的に信徒や初心者向けに書かれてはいますが、ところどころ最新の研究成果に基づいて(学者らしく)注意深く慎重に論じている所があります。とは言え、その結論は、常に穏当かつ信頼できるものです。先に述べたとおり、何よりも聖書を第一級の史料として重んじているからです。本訳書の原書は、二〇〇六年に出版されたものの第二版だそうですから、様々な情報がよりアップデイトされ、また修正されていることでしょう。

昔、『トンデラハウスの大冒険』という画期的なテレビ・アニメーションがありました。現代の子どもたちがタイムマシンで聖書の世界に入ってしまうというものです。そこで等身大の主人公たちに接し、彼らの目線で出来事を経験して現代に戻るという筋書きです。聖書を〝味わう〟とはまさにそういうことであり、週ごとに説教者たちが為そうとしている聖書の説き明かしもまた、そのことにほかなりません。
近年は、インターネットの普及のおかげで、聖書に関連する様々な画像や動画を簡単に利用することができるようになりました。「見て」学ぶには、それも良い方法でしょう。しかし、その世界に入り込んでいくためには、どうしても一次資料を「読む」ことをしなければダメだ。これも常々、神学生たちに言っていることです。
本書は、その意味で、単に見る書物ではなく読む書物です。そうして、読者は、聖書が物語られる古代世界そのものの空気を感じながら、まるでその中に生きているかのような感覚を抱くことでしょう。その上で、二十一世紀の日本という小さな国の片隅に生きている私たち一人ひとりの小さな存在にも、神は生きて働いておられるとの確信を、本書を通して深めていただきたいと心から願うものです。
※吉田氏の著作は十八ページでご紹介

9月発売予定
新刊『地図で学ぶ聖書の歴史』

予約受付中