さわり読み 注目の新刊
『スンウ 12歳の明日』
さわりよみ! PART1
『スンウ 12歳の明日』
スンウ、12歳。余命3か月の妹のため、転がり込んできたやくざの男とともに母を捜す旅に出る。貧困、孤独、差別……。どん底の不幸にあっても、人を信じ、愛し続ける少年の、切なくも心あたたまる感動の物語。スンウ:主人公の少年。12歳。左脚が右脚よりも短い障害を負っている。父は他界、母は行方知らず。
ヨンヒ:スンウの妹。8歳。余命3か月。
ナルチ:組織と警察に追われるやくざの男。
おじいさん:マンションの警備員。スンウのよき理解者。
著者 チョ・チャンイン
1959年、ソウル生まれ。雑誌や新聞の記者を勤めていたときに事件に巻き込まれ、3か月間拘置所に入れられる。その中でみことばと出会い信仰を持つ。その後作家の道に進み、『カシコギ』(2000年出版)は170万部のミリオンセラーとなる。現在、韓国の小島にて執筆活動に専念している。アンサンドンサン教会執事。
ダイジェスト
「人は、一人でも生きていけるかな?」スンウはポケットから五ペソ硬貨を取り出して、人差し指と中指の間にはさんだ。
その言葉が聞こえなかったのか、おじいさんの視線は、スンウの指の間から今にも硬貨が滑り落ちようとするのを追い続けている。
「もっと手の力を抜いて。柔らかく、柔らかく動かすんだ」おじいさんがスンウの手に初めて硬貨を握らせてくれたのは、去年の今頃だった。それは表も裏も同じように五ペソと描かれた、手品師用の特別な硬貨だった。
この日、スンウは硬貨を見つめたまま、泣きやむことができないでいた。死んでもう会えなくなった父親のことを考えたからではない。この世でおじいさんだけが自分の気持ちをわかってくれるという思いが、涙をあふれさせたのだ。
ひとしきり泣いてスンウが落ち着くと、おじいさんは言った。
「これから泣きたくなったら、この硬貨を見るといい。表と裏が同じだろう? 悲しみも喜びも、本当はこれと大して違わないんだ。表側を悲しみと思ったら悲しみになるし、裏側を喜びにしたら喜びになる。生きていれば、何一つ悲しい目に会わないはずはないよな。大事なのは、悲しみの中でも喜びを探し出そうとする、気持ちなんだ」
*
母さんを捜しに行こう……。
ヨンヒを慰めようとして、つい口から出た言葉だったが、本当はそんな気はなかった。しかし時間がたつにつれ、スンウの中でも、母さんに会わなくてはという気持ちが膨らんでいった。