ブック・レビュー 『スンウ 12歳の明日』

『スンウ 12歳の明日』
小形真訓
交野キリスト教会長老

救いを予感させる21世紀版クォ・ヴァディス

 都市計画で取り壊しの進むソウルのスラム街。主人公は足に障害を持つ十二歳の少年スンウ、父親は他界し母親は行方が知れない。八歳の妹は入院中で余命三か月。

 およそ不似合いなもう一人の人物が登場する。ナルチ、二十八歳、暴力団メンバーで、組織の金と名簿を盗んで逃走中。警察からも追われている。

 この男、スンウの小屋に居座ったばかりか、これからの逃走計画に少年を利用しようと考える。足の不自由な少年が母親を捜しに旅をする、その介護人なら怪しまれない。障害者でも子どもでも利用しなけりゃ。

 妹ヨンヒも、死が近いのを知ってか母親に会うためについていく。南に向かって歩きづめの強行軍、時ならぬヒッチハイク、大人のだまし合いもからんでスリル満点の半島縦断の旅。

 いささかたじろぐのは、冷血漢ナルチの暴力で、殴る蹴る突き飛ばす、青空の下の児童虐待だ。何度も裏切り置き去りにし、ついには見捨てて国外に逃亡しようと決意したそのとき、少年の声が心に響いた。

 「信じれば、この先自分がしなくちゃいけないこともわかるようになるんだ」。ナルチは今までその言葉を、信心が未来への怖れをなくすと簡単に理解していた。しかしそれだけではなかったのだ。それは分別と判断と決定についての問題だった。何が正しいのか、何を捨てなければならないのか、何を大切にして生きなければならないのかという問題……。
(312、313頁より)

 彼はスンウ少年を助けるために国外脱出をあきらめ、死を覚悟で組織のワナにはまる。自分のためではなく他者のために……。ナルチが初めて愛を知ったのは、困難にくじけずまっすぐに生きるスンウとヨンヒの姿だった。

 神の名の連呼なしに、読む者に神と救いを予感させる二十一世紀版クォ・ヴァディス。脇役配置もよし。訳文もみごと。