教会の記録を残そう
『教会アーカイブズ入門』のススメ 第5回 活用のススメ
阿部伊作
東京基督教大学図書館 司書
「私は、あなたのなさったすべてのことに思いを巡らし、あなたのみわざを、静かに考えよう」(詩篇77・12)
リレー連載五回目、今回は「活用のススメ」です。『教会アーカイブズ入門』で私が担当したのは、第五章「記録の伝え方」です。ここでは身近な話題を通して、このテーマを味わっていただこうと思います。また、記録を活用して、教会の記憶を次世代に伝えることにも触れます。
◆記録の伝え方(活用)とは?
「記録の伝え方」、また「アーカイブズ」というと、何か気取った感じがしますが、それは普段の生活で、私たちがカジュアルにしていることです。たまった写真や手紙(Eメール)を整理しながら、一枚の記念写真に見入って、思い出にふけってしまうとき。思い切って本を整理していて、本への書き込みや赤線を見て、これ、あの子に伝えないと! とか、あのころ抱いた志は、今はどうなってしまったのかなぁ、などと我を振り返るとき……。そんなとき、あなたは確かにアーカイブズの実践を知らず知らずに行っています。専門用語で言うなら、記録の評価選別と保存・廃棄、そして活用を行っているのです。
アーカイブズとは、大胆に言うと、この普段行っている整理整頓や断捨離の中で、記録や記憶の大切さに気づいていくことです。そして、活用とは、立ち止まって思い起こし、記録を通して記憶をきれいにしていく、今を生きるための技術のことです。
◆信仰生活と「思い起こし」
「思い起こす」とは、キリスト教にとって基幹となることばの一つです。旧約聖書では「ザーカル」、新約聖書では「アナムネーシス」という単語で、心にとめる、ほめ歌をうたう、誇る、覚える、記念する、など幅広い意味を持つ古代語です。聖餐式を導く「わたしを覚えてこれを行いなさい」(ルカ22・19)の「覚えて」がこのことばです。聖書が言う「思い起こし」は、単に思い出すことだけでなく、そこに生きること、そこに自らが応答する霊的経験を促すものです。「思い起こす」ということばで、第二次世界大戦後四十周年の記念日当日、当時の西ドイツ大統領ヴァイツゼッカー氏が国民に行った演説を思い出す方もいるかもしれません。この演説では、「歴史を振り返る(心に刻む)」ことが、演説を裏打ちすることばとして語られました。「心に刻むということは、ある出来事が自らの内面の一部となるよう、これを誠実かつ純粋に思い浮かべることであります。そのためには真実を求めることが大いに必要とされます」また、「心に刻むということは、歴史における神のみ業を目のあたりに経験することであります。これこそが救いの信仰の源……希望……です」と、思い起こしの本質をみごとに表し、歴史に介入される神の存在に触れています。アーカイブズは、まさしく信仰と密接に係わっているようです。
◆教会創立記念行事と「思い起こし」
どの教会にも創立はあり、創立を記念する行事が行われます。『教会アーカイブズ入門』では、記録を用いて、記念日を意義深い時とするためのアドバイスを記しました。それは、霊的井戸を探し、掘り起こす作業です。写真や日誌、教会員の証しなどの展示から教会の史実を知り、記念礼拝を通してこれまでを思い起こすとき、私たちは分かちがたい感謝と悔い改めの共有、神の恵みを受け取り直すことができます。また、思い違いがとかれ、霊的識別や、刷新、受け継ぐ者としての自覚的責任が与えられます。教会のすべての営みは、決して人間が起こしたものではないというへりくだった思いとともに、それぞれの人生、またその地域に深く係わろうとする神のみ手を身にしみて味わうからです。これは、マイナスな記憶であっても、その背後にある神の愛を見出していく作業です。
◆信仰継承と「思い起こし」
アーカイブズの活用は記録を介して、世代や地域を超えて人と人とをつなぐ役割を担います。霊的な遺産を受け継ぎ、伝える作業とも言えます。教会においては、神から与えられた恵みとまことの物語を、次世代に伝える信仰継承のときです。先の教会員からの記憶を受け止め、理解して、次世代に伝える、それは今の会員にしかできない責任です。
記録を通して記憶が整えられ、耕されるとき、過去の呪縛から解放され、本当に大切にすべきものが見えてきます。この活用は、時を超え、何を伝え、共有すべきかに気づいてく装置と手段と言えます。負の遺産でさえ、過去と現在、未来をつなぐ重要な記録となります。
アーカイブズ的信仰生活の活用のススメ、いかがだったでしょうか。これはだれにでも開かれ、皆のもので無料です。ただ活用するためには、普段から、記録の収集・整理・保存が必要なことは言うまでもありません。ぜひ一度、普段していることを意識的に行ってみませんか。