つい人に話したくなる 聖書考古学 第1回 婚約者は12歳!?
杉本智俊
慶應義塾大学文学部教授、新生キリスト教会連合(宗)町田クリスチャン・センター牧師(http:// www.mccjapan.org/)
Q聖書の時代の結婚ってどんなもの?
日本でも、今では恋愛結婚が多くなりましたが、数十年前まではお見合い結婚など、親が主導する結婚が主流でしたね。二千年前のユダヤでもそうでした。結婚は、基本的に家族が決めます。とはいえ、本人たちの意志がまったく反映されなかったわけではないようです。
現代でも、超正統派のユダヤ人社会では、男性に気になる女性ができたら、まずそれを家族に言います。すると、その母親が女性のところへ行き、意気投合すれば、正式にお見合いすることになります。そして、当人たちの気が合い、男性の母親も気に入れば、結婚となるのです。エルサレムの町には、超正統派のユダヤ人たちがお見合いすることで知られるホテルがいくつもあります。もちろん、相手の女性も超正統派のユダヤ人に限られるのは当然です。
古代ユダヤの婚約式は、一般的に女性の家で行われました。契約書のようなものを作り、正式に婚約します。婚約から結婚まで通常一年ほどかかりますので、男性はその間に新居の準備をしました。親もこれに協力します。
現代の中東でも、私の同僚のアラブ人は五、六人いる息子たち全員に家を一軒ずつあげたと言っていました。現代ではマンションのようなものを建てて、一階が両親、二階が長男家族、三階が次男家族、というようなこともあるようですね。何にせよ新居を準備するというのは、大変なことです。ちなみに女性側は、洋服や家具などをそろえます。
結婚後、女性は完全に男性の家に入りました。これも昔の日本に似ていますね。
Q結婚式当日のようすは?
結婚式では、基本的に広い中庭のある家を会場に、家族や友人などが集まりました。
花婿と花嫁は、まずそれぞれの家でパーティーをします。その後、花婿とお供の人たちが花嫁の家まで迎えに行くのです。そして灯りをかかげながら、花婿とお供の人たちが、花嫁とそのお供の人たちと一緒に帰ってきます。この結婚式のようすは、新約聖書のマタイの福音書に出てくる〝十人のおとめ”のたとえ話でも描かれていますね。
花婿が花嫁をつれて戻ってくると、皆で夕食を食べます。ワインが出たり、歌を歌ったりしました。そして夜がふけてくると、花嫁と花婿は「結婚の間」に行き、床入りしました。花嫁がバージンだったかどうかは母親などが確認し、そのシーツを皆に見せました。こうした習慣は、最近までユダヤ社会で行われていたようです。結婚は、個人の恋愛ではなく、家と家とのことなのですね。
結婚パーティーは一週間ぐらい続くこともあったようです。そういう場合、客は好きな日時に入れ替わり立ち替り、お祝いに行くという感じでしょうか。現代ではご祝儀にお金を持っていき、食事をして帰ってきます。
Q結婚する年齢って?
聖書の時代では、女性は生理が始まる年齢、大体十二歳ぐらいには結婚相手を決めたと言われています。男性は生活力が必要でしたので、十八歳ぐらいだったのではないかと言われます。宗教的な学びをする人などは、もう少し年齢が上の場合も多かったようです。ヨセフの年齢は妻マリヤよりも〝だいぶ上だった”と言う人がいるのは、一般的に「ヨセフは早くに死んだ」と考えられているからでしょう。イエスが大きくなってから、ヨセフに関する記述は聖書に出てきません。そのため、すでに亡くなっていたのではないかと考えられているのです。ですが、それだけではヨセフが年を取っていた、とする根拠にはならないと思いますね。昔は、平均寿命も短かったですから。
婚約したふたりの年齢が若過ぎる場合には、結婚まで数年かかることもあったでしょうが、婚約は結婚と同じとみなされていました。いいなずけだったマリヤも、ヨセフと結婚しているとみなされました。「この処女は、ダビデの家系のヨセフという人のいいなずけで、名をマリヤといった」(ルカの福音書1・27)ですから聖書に、「ヨセフの妻と決まっていた」「夫のヨセフ」などと書かれているのですね。婚約者のマリヤに子どもができたと知ったヨセフは、ほかの男性と関係を持ったと思い、「彼女をさらし者にはしたくなかったので、内密に去らせようと決めた」(マタイの福音書1・19)とあります。新改訳では、この「去らせようと決めた」に、「離縁しよう」という注釈があることからも、それがわかります。
男性は、女性が気に入らなければ離婚することができましたが、女性から離婚することは、許されていませんでした。そこでヨセフは、自らが離婚状を渡して、別れてあげようとしたのでしょう。姦通罪は石打ち刑ですから、マリヤは殺されても仕方がない状況です。ヨセフは、それが一番穏便な対処だと思ったのではないでしょうか。