ブック・レビュー 鮮やかな使徒パウロの一肖像


中島真実
キリスト兄弟団一宮教会牧師

ジグソーパズルの楽しさ。個々の断片では不明瞭な全体の図柄が次第に浮かび上がるエキサイティングな時間。本書の読者は、使徒パウロの肖像がそのように描き出されていくのを味わうことができるでしょう。
パウロを語る新約文書といえば使徒の働きとパウロ書簡ですが、いずれもパウロに関する記録としては断片的。そのままでは全体像を捉えられません。使徒の働きでは、パウロは途中からの登場、しかも、活動すべてが網羅されているわけではありません。その目的はパウロの評伝ではないので、別人の記事が挿入されたり、パウロの記事同士でも時間差があったりと、整理すべき事が多々あります。また、パウロ書簡はパウロ自身の声として貴重な資料ですが、その内容は基本的に特定の時期に特定の人々へ宛てたもの。それだけでは、全体像の中での位置や意味は不明確です。故に、パウロの全体像を捉えるのに苦労する人も多いはず。
しかし、このたび、新約学者・岩上敬人氏がこれら複雑な歴史資料を丁寧に整理して、パウロ評伝として再構成し、一気に読み下せる形で本書を著してくれました。時代背景から始め、パウロの歩みと著述を時系列で辿りながら、時々に必要な情報、出来事や文化事象、社会状況や思想を紹介し、パウロの全体像を描き出してくれています。地名・人名も整理された形で紹介されており、卓越したパウロ入門となっています。
こうして描かれるパウロの肖像は、「第二神殿期末期に生きた、律法に厳格なパリサイ人シャンマイ派からキリストの福音への回心者・一世紀ローマ社会でユダヤ人と異邦人がキリストにあって一つである教会を目指した宣教者」というもの。それは、M・ルターのような良心の呵責からの救いを説く従来のパウロ像から区別される点で、注目に値します。同時に、第二神殿期末期パリサイ人出身者としての復活への希求の仕方とか、異邦人への使徒として直接に異邦人に語った説教の意義など、より詳細な事項への興味をそそります。その意味で本書は、パウロ研究の新たな領域をも示唆する好著です。