ブック・レビュー 『すこやかに祈る』
橋本 昭夫
神戸ルーテル神学校 校長
深くいのちあふれる祈りの世界
「神よ、鹿が谷川を慕いあえぐように」と旧約の詩人は魂の渇きを歌った。それは現代の信仰者の「あえぎ」でもあろう。祈りへと憧れながら祈ることができない。「主よ、祈りを教えてください」は、現代も魂の静かな叫びである。本書は、そんな魂の叫びをやさしく受けとめながら、深くいのちあふれる祈りの世界へと導きいれてくれる。み言葉、とりわけ詩篇への洞察、瑞々しいイマジネーション、そして深い思索を織りまぜ、祈りの世界の深い会得へと導いてくれる。著者は、折々の身近な経験に深い洞察を加えながら、祈りによる神にあるいのちの豊かさを示す。読者は、自分の経験を著者のそれに重ねながら、豊かな祈りの世界に気づき、あらためて目の開かれる経験をする。
著者は、祈りは四つのことからなると言う。私たちが神に話すことから始まり、神はそれを聞かれる。そして神は語られ私たちはそれを聞く。この連鎖の中で、「わたしはあなたと共にいる」という主なる神の恵みの声を聞く。私たちは、しばしば、祈りを「祈る私たち・聞いてくださる神」だけで理解している。しかしそれはただ半分で、「語ってくださる神・聞く私たち」が続かないならば、祈りは「全体」ではない。生ける神は語っていてくださる、み言葉と自然、(自分のみじめさを知ることも含めて)経験などすべてを通して。それゆえ、神の語りかけを聞くために「敬虔の修練」(施し、断食、祈り)に培われた霊の感受性が必要なのである。
また本書は、聖書と自然、静寂と活動、尽力と赦しなど、ことの両面を深くとらえつつ、祈りという神との「コミュニケーション」の中で、人として存在することの祝福を描いている。
コンパクトなサイズながら内容は濃密、訳文は格調高く詩情豊かである。原著の反映であろう。原著を読んでみたいと思わせるのは、訳者の霊性・感性の深さゆえであろう。そのご労を多とし、感謝したい。