書評Books 戦時下の過ちを繰り返さないために

『嵐の日本へ来たアメリカ女性―宣教師ベティ・フィウェルの軌跡』
石黒次夫、石黒イサク 著
四六判 1,000 円+税
いのちのことば社

日本ホーリネス教団 旗の台・元住吉教会 牧師 上中 栄

本書は、神社参拝拒否事件で知られる、美濃ミッションの創設者のワイドナー宣教師、その後継者のフィウェル宣教師の生涯の記録である。小著ながら、戦時下の日本社会と教会のようすを伝える、貴重な証言である。神に対するシンプルな信仰が持つ力を、改めて認識させられる。
特に、これまで紹介される機会のなかった、フィウェル宣教師の言動は興味深い。例えば戦後、美濃ミッションを迫害した人物が教育委員に当選したことに抗議し、失職に至らせたくだりは、ローマの市民権を主張したパウロを彷彿とさせる。それは決して報復ではなく、信仰の信念に基づく権利主張であった。宣教師には、異国での苦悩が付き物だろうが、その立場だからこそ発揮できる行動力もある。読みながら、日本人キリスト者であれば、どうすべきかを考えさせられた。
また、シンプルな信仰というのは、この世の動向について思考を停止していても、迫害が起きたら果敢に戦えるということではない。美濃ミッションの宣教師たちは、政治的な主張をしたわけではないが、信仰の確信とこの世を見る眼があったからこそ、有効な戦いができたのだろう。
公権力に都合のいい法律が次々と成立し、改憲の現実味が増しつつあり、天皇代替わりのカウントダウンが始まった今日の私たちにとっても、これは他人事ではない。戦時下の過ちを繰り返さないためにも、自らとこの世を見る眼は清かでありたいと願う。
なお、引用聖書は文語訳が用いられている。美濃ミッションのこだわりであろうが、読んでいて聖書の部分で何度も突っかかってしまった。正直、本文が読みやすいだけに、引用聖書も現代の訳がいいとも思った。
しかし、聖句を素通りせずに熟読・吟味せよ、と著者が意図したかどうかは不明だが、本書全体が今日の私たちが「考えること」を促すものに思えてきた。すばらしい宣教師のお証し、と読み流すだけではもったいない。熟読・吟味をお勧めする。