~Daily Light~第5回 言の葉は風に乗り
~Daily Light~第5回 言の葉は風に乗り
石居麻耶 Maya Ishii
千葉県出身。アーティスト。画家。イラストレーター。東京藝術大学大学院美術学部デザイン専攻描画造形研究室修了。
大学卒業後の個展やグループ展等の展覧会やホームページ、ブログで発表した作品をきっかけに本の装画、週刊誌、文芸誌、新聞連載のイラストなどの仕事を担当。
どこからともなく風は吹いてきて、どこに向かうでもなく吹き過ぎてゆく。風薫る季節。青葉を吹き渡る風から木々の息吹が伝わってきて、生かされていることの不思議と脈動を感じます。
私が手術のため入院していたときのこと。その日が長くなるにつれて、病棟の最上階である6階の窓の外から見る街並みも通り過ぎる人々も街の灯りも、日に日に遠く感じるようになり、眺めていると自分がどこか置いてけぼりになってゆくような気にさせられたものでした。それは学生時代、先の不安を抱えて校舎の窓からグラウンドを見ていたときや、アルバイトの帰りに駅のホームからせわしない街並みをぼんやりと眺めていたときの気持ちをも思い起こさせたりしました。
私には本当に「明日」が来るのだろうか。今日という日の中でもがき続け、月日だけが淡々と数え上げられてゆく日々。そんなとき病室の窓の外、目の前にひらひらと飛び回る何かの姿が。緩やかな弧を描きながら、やがてさらに高く空の向こうへ舞い上がっていったそれは蝶でもなく鳥でもなく、手のひらに乗るくらいの一枚の青葉でした。
大木の枝すら届かぬところまで舞い上がることがあるのかと驚くとともに、風が運んで来てくれた思わぬ季節の便りは、私の日々と窓の外の日々をつなぎ、季節や日々の変化を鮮やかで身近なものに感じさせてくれたのです。一枚の青葉の軌跡は、心を今日から明日の空へと導く風の通り道のようでした。私はそれを目で追えなくなってもしばらく窓の外を見続けていました。届けられた葉書を再び読み返しながら。
「風は思いのままに吹きます。その音を聞いても、それがどこから来てどこへ行くのか分かりません。御霊によって生まれた者もみな、それと同じです。」
(ヨハネの福音書3章8節)