書評Books あけぼのを呼び覚ます歌
関西聖書神学校 校長 鎌野直人
『まだ暗いうちに スキルス胃がんで娘を天に送った母のグリーフワーク』
中村佐知 著
B6判 1,800円+税
フォレストブックス
突然の喪失はしるしを深く刻みます。
二〇一六年三月に次女の美穂さんを天に送ってから二〇一九年の秋までの三年余、佐知さん(友人なのでこう呼ばせてください)とご家族が経験したことが本書には綴られています。リアルタイムで一連の出来事を見聞きし、祈ってきた者として、この本は実にパーソナルなものです。
同年代の子どもを持つ親として、また、留学中に友人を交通事故で突然失った経験をもつ者として、佐知さんに自分を重ねてしまうことが度々ありました。
美穂さんの喪失が刻んだしるしは、一年目は幾度にもわたって佐知さんの心を引き裂いています。痛み、叫び、涙が繰り返し綴られています。詩篇の嘆きの歌のようなことばが響いてきます。ところが、二年目になると、感謝と感嘆のことばが彼女のうちに芽生えているのです。
「神様、この世界にはたくさんの痛みがあります。……私自身も悲しみの中にいます。ああ、それでも、こうしてあなたが造られたこの自然の中を歩いていると、その美しさに感嘆せずにはおれません。なんと美しいのでしょう! あなたが造られたこの世界は、なんと美しいのでしょう!」(本文一七八頁)
喪失は人の心という土地に深い傷というしるしをつけます。しかし、その土地が丁寧に養われ、培われていくとき、そこに新しい何かが芽を出し始めるのです。そんな神のわざを見たように思えました。
本書を通して神が佐知さんを大切に抱きかかえ、悲しみの道を共に歩み、養ってくださったことを知ることができます。家族、友人、霊的同伴のミニストリー、聖書、古代から現代にわたって主と共に歩んできた聖徒を通して神のことばが彼女に注がれているからです。読者は彼女の隣に座って、まだ暗いうちに神が彼女に語られた声、あけぼのを呼び覚ます歌を共に聞くのです。
深く刻まれたしるしは佐知さんから消えることはないでしょうし、消える必要もありません。そこに花園が生まれるからです。ぜひ、ご一読ください。