書評Books 迫害者から殉教者へ
栄光病院・名誉会長/名誉ホスピス長 下稲葉康之
『小説 パウロ キリストから世界を託された男』
ヒルデガルト・堀江 著
山形由美 訳
堀江通旦 監修
A5判・定価2,640円(税込)
いのちのことば社
これまでに、ほとんど類を見ない異色ある本が出版されました。この本の根底には、主イエスが「パウロ」の生涯に臨まれ、「迫害者」であったパウロが「神の平安を祈る」殉教者へと変えられた過程が、脈々と流れています。
まず注目すべきは、パウロ世界の時代考証・人物調査に基づいた綿密な描写です。著者が直接ローマへ足を運び、関連資料を収集して綿密に備えがなされたことがうかがわれます。それにより、灰色一色だった背景が急に彩り豊かな景色となり、静止画像だった人物が「飛び出す絵本」のように、著書から飛び出してきて、自分に語りかけているように感じるのは、私一人ではないでしょう。
しかも、放送作家ならではの巧みな筆致で綴られています。「躍動感あふれるこの物語を読み進めるうちに、いつのまにか私もまたパウロと旅をしているようでした」(「訳者あとがき」より)。
また、登場人物の荒々しい息遣いや八方塞がりの状況での不安・恐怖、また、溢れ出る歓喜の涙など、その描写は、思わず知らず、読者をその舞台に引き込んでしまうでしょう。
しかしながら、本書の中心テーマは、あくまでも、劇的に回心したパウロの内なる人が、幾多の患難によって練られ、実を結んでいく過程を描くことにあります。
逆境に遭遇するたびごとに、パウロは自らが「土の器」であり、「弱い」ことを徹底的に知ることになります。そのように、キリストがパウロの内面を取り扱われ、パウロが自らの限界と罪深さにしっかり向き合い、そこから「キリストの恵みと力」を仰ぐこととなり、「私が弱い時にこそ、私は強い」との告白に至る過程が克明に描かれています。
ドイツで版を重ね、歴史的ロングセラーとなった本書が、日本においても必ずや広く愛読されることでしょう。なお、私は、著者の夫君とはキリスト者としての「竹馬の友」同期生でもあり、それだけに本書出版をお祝いしつつ、祈りと期待を込めて推薦する次第です。