いのちのそばに ~病院の子どもたちと過ごす日々~ 第8回 いのちを生きる

久保のどか
広島県瀬戸内の「のどか」な島で育ち、大学時代に神さまと出会う。卒業後、ニュージーランドにて神学と伝道を学ぶ。2006年より淀川キリスト教病院チャプレン室で、2020年より同病院医事部で、小児病棟、こどもホスピス、NICU病棟において子どもたちのパストラルケアに携わり、現在に至る。

 

病院では、子どもたちが入院中にお誕生日を迎えるということがしばしばあります。時には、生まれて初めてのお誕生日を病院で迎えることもあります。また、「この子、毎年誕生日が近くなると体調を崩して入院するんです」と、ため息交じりにお話しするお母さんがおられます。子どもの病棟では、スタッフたちが手作りカードにメッセージを書いたり、歌や写真を撮ったりして、誕生日を迎えるお子さんと一緒に小さなお祝いの時を過ごす場面があります。家族と離れて過ごす誕生日が、そのお子さんにとって少しでも嬉しい日、祝福を受ける日でありますようにと願っています。 
自分が子どものころのことを思い出すと、誕生日を迎えることは嬉しいこと、良いことだと何の疑問もなく信じていたものです。でも、病院で長く子どもたちと過ごしていると、生まれてくることは奇跡だと感じることや、与えられたいのちを生きるということは、本当に大変なことなのだと思わされることがあります。
ある時、小さいころから入退院を繰り返しているお子さんが久しぶりに入院し、お部屋でお話をした時のことです。その時の入院は、その子のお誕生日の直後だったので、私は「この間お誕生日だったでしょ? おめでとう」と言いました。すると、「誕生日、全然嬉しくなかった」と返ってきました。驚いた私は「なんで嬉しくなかったの?」と思わず聞き返しました。すると、「だって、年をとるってことは死に近づくってことでしょ?」と話してくれました。
その子と同じくらいのころ、誕生日を迎えることは嬉しいことだと思いながら過ごしていた私にとって、その言葉は衝撃でした。「病気とともに生きてきたこの子にとって、そのいのちを生きることは私が想像もできないくらい大変なことなのだろう……もしかしたら、自分のいのちを喜べないと感じることがあるのかもしれない」と、衝撃とともに教えられた気がしました。私は動揺しつつ、私たちのいのちは神さまが与えてくださって、神さまはどんな時にもいのちを守り支えていてくださると私は信じていることを、その時お話ししたことを覚えています。
病気や障がいとともに生きる子どもたちは、生きるなかで、「ボクはどうしてたくさん手術をしないといけないのだろう?」「私は二十歳まで生きられるんだろうか?」と、だれにも話せずこころの中で問いながら成長していくことがあります。そして、関わる世界が広がるにつれて、周りのお友だちやきょうだいたちとの違いに戸惑ったり苦しんだりすることもあります。ご家族や医療者たちも、子どもたちにとっての最善の治療について、いのちについて考えています。それは、子どもたちからすると、自分のいのちがだれかに問われ続けることでもあるのです。
〝いのちについて問われる〟ということは、その子にとっての最善が願われるからこそではありますが、時に子どもたちのこころの中で〝私は無条件で大切な存在なのだろうか?〟〝僕のいのちは喜ばれているのだろうか?〟という問いになり、たましいの痛みにもつながることがあるように私は感じます。そして、子どもたちはその問いや不安を自分のこころの中に仕舞って生きていくことがあるのです。こころの中にそのような問いや不安を抱きつつも、病気や障がいを引き受けながらそのいのちを生きている子どもたちは、だれかを慰め、大きな励ましや支えとなっている大切な存在です。
子どもたちと過ごす中で思い出すのが、「傷ついた癒やし人」とも呼ばれるイエス・キリストです。傷ついた人々と出会い、そのこころの痛みや渇きを癒やしたイエスさまは、私たちの痛みをご自分の痛みとして背負い、傷ついてくださいました。私たちにとって、いのちを生きることは時に大変だと感じることがあります。ですが、私たちの痛みは私たちだけが背負う十字架ではないのです。十字架はイエスさまが背負ってくださいます。そして、イエスさまはいのちのそばに寄り添いながら私たちの〝生きる〟を支えていてくださるのだと信じています。
「彼は蔑まれ、人々からのけ者にされ、/悲しみの人で、病を知っていた。/……彼は私たちの病を負い、/私たちの痛みを担った。/……彼は私たちの背きのために刺され、/私たちの咎のために砕かれたのだ。/彼への懲らしめが私たちに平安をもたらし、/その打ち傷のゆえに、/私たちは癒やされた。」(イザヤ53・3~5)