あたたかい生命と温かいいのち 第十三回 尊い生命との対話
福井 生 1966年滋賀県にある知能に重い障がいを持つ人たちの家「止揚学園」に生まれる。生まれたときから知能に重い障がいを持つ子どもたちとともに育つ。同志社大学神学部卒業後、出版社に勤務。しかし、子どものころから一緒だっ […]
砂漠の花園 第2回 忍耐して待った結果得られるもの
フォトグラファー サンティラン前田登茂恵 砂漠の照りつける太陽の下、「砂漠たんぽぽ」がまぶしいほどの黄色に輝いて咲きます。咲き始めは真ん中が固まって濃いオレンジ色をしているのですが、成長するにつれてどんどん広がっていき、 […]
時代を見る眼 280 新しい季節をどう生きるべきか [1] 神の前に心を探っていただく
宣教師 キャロリン愛子ホーランド 昨年60歳になった私はよく、「還暦ですね!」と言われました。意味はわかっていても私にとってはあまりピンと来ませんでした。しかし、意外と節目の年になったのは不思議です。10年ほど前から一人 […]
リレー連載 ことばのちから 第1回 「ことばのたね」を育てる
美馬 里彩(みま・りさ) 関西学院大学社会学部社会福祉学科卒。社会人経験を経て、現在、大阪教育大学大学院在学中。 今日、「ことば」そのものがもつ意味が薄くなってきているのではないでしょうか。そんななか、「いのちのことば」 […]
『歎異抄』と福音 第六回 罪悪深重の自覚から
大和昌平 現代日本人が親鸞に強く心を惹かれるのは、なぜなのか。それは仏教が好きだというのとは次元が異なる。『歎異抄』が現代の古典として読まれているのは、なぜなのだろうか。人間の持つ根源的な罪悪への真摯なまなざしを、親鸞の […]
あたたかい生命と温かいいのち 第十三回 尊い生命との対話
福井 生 1966年滋賀県にある知能に重い障がいを持つ人たちの家「止揚学園」に生まれる。生まれたときから知能に重い障がいを持つ子どもたちとともに育つ。同志社大学神学部卒業後、出版社に勤務。しかし、子どものころから一緒だっ […]
砂漠の花園 第1回 小さくても美しく躍動するいのち
フォトグラファー サンティラン前田登茂恵 日本の皆様、南カリフォルニアから、新年明けましておめでとうございます。そして、初めまして! 南カリフォルニアというと、皆様、何を想像されるでしょうか。青い空とビーチでしょうか。い […]
時代を見る眼279 [3]宗教改革500周年をこえて 最後は“ただ神にのみ栄光!”
神戸改革派神学校 校長 吉田 隆 私の学生時代に伝説になっていた教育者に、林竹二という先生(故人)がおられた。洗礼を受けていたそうだが、先生のご専門はソクラテス。著書に『若く美しくなったソクラテス』(1983年、田畑書店 […]
『歎異抄』と福音 第五回 『教行信証』と『キリスト教綱要』
親鸞には『教行信証』という主著があり、これはキリスト教では組織神学にあたるものだ。『キリスト教綱要』を著した宗教改革者ジャン・カルヴァンに似て、親鸞は年月をかけて自らの思想の組織化に挑み続けた人である。その苦闘の中から、 […]
聖書 新改訳2017 どう新しくなるのか? 〈最終回〉 新改訳としての連続性
『新改訳2017』が新改訳第三版からどう変わるのか、新約聖書から具体例を挙げて説明してきました。紙面に限りがあるのでほんの一部ですが、漢字、句読点、接続詞、文体、地名、人名など、さまざまな変更が加えられたことがお分かりい […]
私の信仰履歴書 最終回 主からお預かりした一生のお仕事
東京フリーメソジスト桜ヶ丘教会協力牧師 野田秀 八十五年余生かされてきた自分の生涯を振り返りながら、場所を超え、時をまたいで張り巡らされている神の摂理の不思議さを中心に記してまいりました。その間、数えきれな […]
あたたかい生命と温かいいのち 第十一回 今日から、みんなに優しくします
頬にあたる風が冷たくなると、クリスマスのことに思いを馳せます。私の場合、少し変わっているのは、同時に夏のキャンプのことも思い出してしまうことです。止揚学園では毎年滋賀県北小松の琵琶湖畔にある日本聖公会京都復活教会の研修所 […]
羊毛に関わる小さなお話 第12回 ほんものの光
羊毛フェルト作家 泉谷千賀子 冬の夜空に、星が瞬く頃になりました。皆様いかがお過ごしでしょうか。 街の光が賑やかすぎて、星に気づかないこの頃です。人々は闇を消そうと電気をつけますが、電気を消したときにほんものの光が見える […]