ロイドジョンズ 一日一言(いちげん)

D・M・ロイドジョンズ(David Martyn Lloyd-Jones)
訳:渡部謙一

20世紀最大の説教者の一人ロイドジョンズ牧師の珠玉のメッセージ

英国の名説教者、ロイドジョンズの著作から366のメッセージを厳選。罪の恐ろしさと絶大な恵み、神のさばきの峻厳さと無尽蔵の愛など、福音の神髄を過不足なく語り、信仰の決断を迫る。緻密な翻訳で原文の精神を忠実に伝える充実の聖書日課。

【さわり読み】
□ 三月二十二日 いかに祈るべきか
……思い起こしたいのは、正しい取り組み方が死活に関わるほど重要だということである。というのも、それこそ、功を奏する祈りを理解する鍵だからである。実に多くの人々がこう云う。「でも、祈っても祈っても、何も起こらないのです。私には心の平安が得られたようには思われません。そこから何の満足を得たとも思われません」。こうした人々の問題のほとんどは、祈りに対するその取り組み方が間違っているという事実から生じている。……私たちは、祈りをささげるときあまりにも自己中心的になりがちであるため、神の御前にひざまずいても、自分自身のことと、自分の問題や困難のことしか考えない。いきなりそれらについて語り始める。そして、もちろん何事も起こらない。……それは、神に近づくしかたではないのである。祈るときには、口を開く前に一呼吸置かなくてはならない。
代々の世紀における霊的生活の偉大な教師たちは、ローマカトリック教徒であれプロテスタント教徒であれ、……一致していた。祈りにおける第一歩は常に、彼らが「想起」と呼ぶものなのである。ある意味で、いかなる人も神に向かって祈り始めるときには、手を自分の口に当てるべきである。それがヨブの最大の問題であった。……彼は神からむごく扱われていると感じた。それで、自分の感情を思う存分に表わした。しかし、……神が肉薄して彼を取り扱い始めたとき、――ご自分を彼に啓示し、彼の前に現わし始めたとき、――ヨブは何をしただろうか?……彼は云った。「……私はただ手を口に当てるばかりです(1)」。それで、奇妙に思われるかもしれないが、あなたは何も云わないことによって祈りを始めるのである。自分が何をしようとしているかを想起することである。
私も、これが困難であることは知っている。私たちは生身の人間でしかなく、自分の切迫した状況や、種々の不安や、思い煩いや、問題や、心の苦悶……のために押しつぶされそうになっている。それで私たちは、そのことで頭が一杯になっているあまり、子どものようにいきなり語り始める。しかし、神と交わることを始めたければ、また、神の永遠の腕(2)を自分の回りに感じたければ、しばしの間、手をあなたの口に当てるがいい。想起である! ほんのしばらく立ち止まり、自分が何をしようとしているか思い起こすがいい。
Studies in the Sermon on the Mount, ii, pp.51 ― 52
(三月二十三日に続く)(1)ヨブ40・4 (2)申33・27
 (邦訳『山上の説教 下巻』p.73-75)

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発行日:2006年12月11日
ページ数:464
判型:四六判 上製
発行:いのちのことば社
ISBN:978-4-264-02517-7
商品番号:13970
定価:3,300円(税込)

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