描くことに助けられ
水墨・墨彩画家
「それぞれが賜物を受けているのですから、神の様々な恵みの良い管理者として、その賜物を用いて互いに仕え合いなさい」(Ⅰペテロ4:10)
私は小さい頃から絵を描くことが好きで、美術大学に進学し、グラフィックを学んでいました。しかしある展覧会で墨で描かれた絵を見てとても心動かされ、水墨画の教室を探し、熱心に通い始めました。20歳の頃です。水墨画は真っ白な画仙紙に墨をつけた筆で一気に絵を描いていくのですが、その迫力に魅せられてのめり込んでいきました。けれど、いろいろ描いていくうちに、私は絵を通して何を描いていこうとしているのかわからなくなりました。
私は小学生の頃から「人は死んだらどこへ行くんだろうか」といつも不安でした。私の母がクリスチャンでしたので、小さい頃から教会へ通っていました。でもイエス様のことはよくわからず、教会からは自然と足が遠のきました。そして好きな絵にのめり込んでいったのですが、また行き詰まってしまいました。この不安な気持ちをどうにかしたいと思い、通っていた教会にもう一度行くようになったのです。
聖書を読むたびに少しずつわかってきました。この不安な気持ちは自分かってにわがままな生活をし、神様から離れた生活を送っていることからくるのだ、と。罪は「的外れ」と言いますが、本当にそうだと思いました。イエス様が十字架にかかってくださったのは私のためであったのだとわかり、イエス様を信じました。その時から、イエス様が私の中に住んでくださり、平安を与えてくださっているのです。
私は心の中に固まっていたものがみな溶け去って行くのがわかり、大切にしていた絵もすべて神様にささげて神学校に行きました。24歳の時でした。
神学校を卒業し、牧師と結婚をしました。3人の子どもが与えられ、牧会と育児で忙しい日々が過ぎ去っていきました。
51歳の時、体に変調がありました。病院に行くと、即入院手術ということでした。卵巣がんでした。抗がん剤を6クール行い、身も心も本当に苦しくて、命はそう長くはないと思いました。けれど苦しみや困難は、生きる原点をもう一度探ってくれるものでした。治療を終え、いつものバス停に降りた時に咲いていた紫陽花の花が強烈に私の心に入り込んできました。「神様が創られた花はなんと美しいんだろうか!」と思いました。その時私は、もう一度、好きな絵が描きたいと思ったのです。ここで初めて「絵を描くことは神様をほめたたえることなんだ」とわかったのです。
教会の働きはもちろんある中ですが、時間を与えられて慰めを得た花々の絵を描き続けました。喜んで描くと体調もよくなりました。国内はもちろん海外の展覧会にも数多く出品しました。そこから、また新しい出会いがあり、さらに絵を描くチャンスが与えられ続けています。
「すべてにおいて、イエス・キリストを通して神があがめられるためです」(Ⅰペテロ4:11)
主の御名があがめられますように!!