個ではなく、群れを通して
私は、2021年7月に「はこぶね便」という乗り合い式のチラシ発送代行サービスを展開する会社を引き継ぎました。それまでフリーランスとして一人で働いていたため、会社経営は大きな信仰の一歩でしたが、それ以上にクリスチャンや教会に携わる働きは私にとって大きな意味がありました。
私の両親は宣教師で、私が2歳の時に中高生伝道の働きを始めました。昼夜問わず、すべてがミニストリー中心に動く生活の中で、たくさんの恵みもありましたが、思春期を迎える頃には、過度の承認欲求や人の目を気にする劣等感の強い性格に、生きづらさを覚えるようになっていました。
高校 3 年の時にアメリカに留学し、専門学校と大学で聖書を学んだ後、2005年に帰国。神様のために何かをしたいという思いはあったものの、人と深く関わることを避け、大学の選択科目で学んだウェブデザインを通してであれば、私も神様に用いられるのではないかと考えました。そして、ウェブの専門学校に通い、制作会社に勤務した後、個人事業主として独立し、デザイン、システム、映像制作などを14年間、一人で行いました。
しかし、神様のために…と思って身につけたスキルは、いつしか自分を証明するための鎧となり、高い理想を追い求めたがゆえに、自分自身や他人を受け入れることができなくなっていました。
独立して8年が過ぎた頃、そんな私に転機が訪れました。あるクライアントとのやり取りを通して、神様は私の鎧を一瞬にして崩されたのです。当時の私はその衝撃に、文字どおり心身共に倒れ、神様の前に自分を見つめ直す時が与えられました。
同じ時期に、所属教会では「神様が見る世界(現実)を聖書から学ぶ」というメッセージシリーズが始まりました。ボロボロだった私は、過去の歪んだ考えや、承認欲求に引っ張られた決断など、すべてを一度リセットし、神様が見ているようにこの世界を見直してみよう、その上ですべての決断をし直そうと思いました。
その回復のプロセスの中で、一人で何でもできることに意義を感じていた私にとって気付かされたことがありました。それは、私たちは「複数でひとつ」の神様の似姿に創られ、イスラエル、教会など、常に群れとして扱われるということ。また、群れの一致を通して神様はこの世にご自身を表そうとしていることでした。「父よ。あなたがわたしのうちにおられ、わたしがあなたのうちにいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちのうちにいるようにしてください。あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるようになるためです」(ヨハネ17:21)
罪の性質をもつ私たちは距離が近くなると衝突してしまいます。しかし、イエス様が天の父に祈った一致は、人の力によるものではなく、私たちのうちに住まわれる御霊によってのみ達成されます。そのことを思い起こし、へりくだる時、「愛による一致」という神様のユニークな方法を通して、この世が神様を知ることになるのです。
はこぶね便事務局の企業理念は「すべてのクリスチャンを元気にする活動をする」ことです。その働きを通して、神様の似姿がこの世に現れることを期待し、良き管理者となれるよう仕えていきたいと思います。