特集

キリスト教と「グリーフ(悲嘆)ケア」
「グリーフ」とは深い悲しみのこと。 死別はもとより、離別、失業、転居等々…、 私たちは人生におけるさまざまな喪失をきっかけにグリーフを体験し、 時にそこから抜け出せなくなってしまうことさえある。 隣人や自らのグリーフに気づき、適切なケアをするにはどうすればよいのか。 聖書的にグリーフをどう理解すればよいのか。 共に考えたい。

今日も、あなたの名を呼ぶ神 聖書と名前の深〜い関係
人生で、人は自分の名前を何度、耳にするのだろう? 名前は多くの場合、親が生まれた子に贈る初めてのプレゼント。 時代ごとにトレンドはあれど、子を思い、祈りつつ名づける親心に変わりはない。 さて、聖書の世界はというと、 日本人の感覚では驚いてしまうような意味の名や、改名する人がたくさん登場する。 しかしそこにも深い意味があるようで、名前が重視されているのは間違いない。 何より覚えたいのは、 神が私たち人間の名を親しく呼んでくださっているということ。 そう、神は今日もあなたの名前を呼んでくださっています。

PASSION 〜キリストの受難と情熱
イエス・キリストはなぜ十字架にかかってくださったのだろうか。
なぜ神がわざわざ人となり、死ぬ苦しみを負ってくださったのか。
そのあふれる情熱の意味を改めて考えてみたい。
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自分の中の〝不快感〟と向き合う
自分とは違うと感じる人、その生き方、価値観に出合うとき、あなたはどう思うだろうか。未知なるものへの憧れや興味が先立つ人もいれば、恐れや不快感を感じる人もいるだろう。 世代間ギャップ、外国の人々との文化の違い、性的指向や政治への考え方など、いくらでも「違い」はあり、「わからない」ことはある。すべての人を平等に、近しく感じることは不可能だろう。 しかし、イエスは隔てなく、異邦人とも向き合われた。聖書は、生けるものすべては神が愛し、造られた存在だと語る。 今、自らの〝不快感〟に向き合い、そしてイエスに倣うものになろうではないか。

牧師って何をする人?
信仰生活において牧師の与える影響は大きい。しかし信徒の側はその働きをどれだけ理解しているだろうか。平日は何をしてる? 休みはある? 信仰のレベルが高いから人の祈りや助けは不要? そんな無理解は時に牧師への過度な期待や依存、牧師の鬱などを引き起こしかねない。近年、問題になっている牧師不足も、実は牧師職の魅力が十分伝わってないことに要因の一つがあるのかも…? リアルな「牧師」の実態に迫りつつ、聖書的に見たその本来の役割と、神様に喜ばれる共同体としてのあり方を考えてみよう。